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ティーチングレター

「よくやった。良い忠実なしもべだ」

文:イルゼ・ストラウス(BFP報道局長)

世の中の混乱を目にしない日はありません。
しかし私たちは、目に見える状況にとらわれることなく、神から託された使命に生きたいと願います。

Photo by KieferPix/shutterstock.com

ウクライナで緊張が高まり、第二次世界大戦以来、ヨーロッパにおける最も残虐な地上戦に突入しました。その様子を世界中の人々が恐れをもって見つめています。ミサイルがマンションを直撃し市民が殺害されるニュースを目の当たりにしながら、私たちは苦悩し、この暴挙が速やかに終わるよう祈り求めています。

イスラエルでは、ウクライナでの出来事はとりわけ身近に感じられています。ウクライナからの移住者が約50万人もいるからです。今も両親や子どもたちがウクライナに住み、危険にさらされているという方も大勢います。

BFPの同僚の中にもウクライナ出身のユダヤ人が3人います。家族や友人、隣人に別れを告げてイスラエルに来たものの、心の一部はウクライナに残してきました。ロシア軍が侵攻する中、大切な人々のことを思わない日はありません。包囲された町から逃げる中で渋滞に巻き込まれたり、ロシアの爆撃を避けて地下鉄のホームで身を寄せ合ったりしている人々のことを……。さらに耐え難いことは、叔父やいとこ、おいなどがロシア軍と戦わざるを得ないことです。ロシア軍が来る前、彼らは弁護士や教師、農夫などをしていました。

BFPはこうした状況に特に心を痛めています。私たちは長年にわたり、何千人ものウクライナ系ユダヤ人のイスラエル帰還を助けてきました。彼らが言語を学び、仕事を見つけ、新しい母国に落ち着くまでの間、食料や必需品も支援してきました。昨年だけでも1446人のウクライナ系ユダヤ人を迎えています。

ロシア軍が国境に集結する中、ウクライナにいるBFPの協力チームは一人でも多くのユダヤ人がイスラエルに帰還できるように、絶えず支援し続けてきました。現在はさらに活動を強化し、戦時下で救出活動を行う団体に物資を支援しています。

家族が引き裂かれ、別れを惜しむ姿には胸が締め付けられます。子どもを安全な場所に送り出し、自らは残って現状に立ち向かう親たちもいます。そのような光景は、ホロコーストを生き延びた人々のうちに恐ろしい記憶を呼び覚まします。私の友人ダニエルもその一人です。

ユダヤ人の傷跡

「キンダートランスポート」の記念碑を
見つめる子ども(イギリス・ロンドン)
Photo by Ron Ellis/shutterstock.com

ダニエルは99歳にしては若々しく、「年齢を実感するのは鏡の前を通る時ぐらいさ」とよく冗談を言います。第二次世界大戦が勃発する数日前、ダニエルは救出作戦「キンダートランスポート」(子どもの輸送)に選ばれました。これは、ユダヤ人の子どもたちをナチスドイツの手から逃れさせ、安全なイギリスに送り出す作戦です。子どもたちは生存のチャンスを与えられた一方、親たちはおそらく今生の別れとなるであろう別離の苦しみを味わいました。

ダニエルは次のように回想します。「親たちは英雄だった。子どもたちは後から親が来るだろうと期待していたが、大人たちには分かっていたんだ。おそらく二度とわが子の顔を見ることはないだろう、とね。でも、列車が発車する時、泣いている親は一人もいなかったよ。私たちのために強くあってくれた。最後の思い出が親の泣き顔であってほしくないと願ったんだ」

ウクライナへの侵攻が激化し、絶望と破壊の映像が新聞やテレビを覆い尽くす中、私はダニエルの様子が気になり、生後9カ月の娘リリーを連れて訪ねました。それはシャバット(安息日)が始まる1時間前の金曜午後のことでした。ダニエルは、片言を話すリリーを腕に抱えてソファーに座り、私は彼の足元に座りました。ダニエルを見上げた時、彼から愛と優しさが流れてきました。

「怖くなかったですか」。慣れ親しんだものを後にして列車が離れていく時、親から引き離された幼児たちが泣きわめく車内を想像しながら、胸が締め付けられる思いで尋ねました。ダニエルは質問を熟考するかのようにしばらく黙った後、首を横に振りました。「いや、怖くはなかった。既に父はナチスに連れ去られた後だったからね。それまでに苦しみを経験していたから、少し強くなっていたんだ。でも、周りを見渡すと、まだ4〜5歳にもなっていない子どもたちが『ママ、ママ』と泣いている。悲しかったよ。そして、今も同じことが繰り返されているのを見るのは悲しい」

神の時に対する質問

この侵攻以降、私たちの元にはその意味を問う質問が多く寄せられています。「これはエゼキエル書38〜39章の成就と考えられるだろうか」「ロシアとイランの同盟は、最終的にイスラエルに対抗してくるだろうか」「これは第三次世界大戦の始まりなのか」「これはエゼキエルが預言した、マゴグの地から現れるゴグなのか」。いずれの質問に対しても答えは同じです。「ひょっとすると」「もしかすると」「おそらく」

神の時について質問することは適切なのでしょうか。聖書は、神が成就されることの預言で満ちています。世界的疫病や世界戦争の脅威がある時は特に、ニュースの見出しや登場人物をパズルのピースのように取り上げ、預言に当てはまるか考えてみたくなります。

しかし、聖書の預言は、事が起こった後に神の誠実さと力を証言するしるしとして与えられたものではないでしょうか。神は、ご自分が行うと言ったことを心に留めてほしいと願われる一方で、どのように実現するかは神に委ねてほしいと願っておられるのではないでしょうか。誰が、何を、どのように行うかについては、神がご計画を成就するまで隠しておかれます。事が起こって初めて、私たちが畏敬と驚きをもって振り返り、息をのみながらこう告げるのです。「そうだ! 神は再び成し遂げてくださった。これこそ神がおられる証拠だ。来て、神がなさることを見よ」と。

旧約聖書の預言者たちはメシアの来臨を預言しました。いつ、どのように、どこにメシアが到来するかについては、さまざまな推測、議論、学説が飛び交いました。しかし、神の思いは私たちの思いとは異なり、神の道は私たちの道よりもはるかに高いのです(イザ55:8〜9)。そのため、ついにメシアが来られた時、全く予期しない方法だったため誰もが困惑しました。メシア到来の奇跡が起こる前に、それを予測してパズルのピースをはめられた人などいなかったのです。ただ後になって振り返った時、神の誠実さと力強さを証しする歴史の転換点を目撃し、畏敬の念に打たれることしかできませんでした。

旧約聖書の預言者たちは、神がユダヤ人を地の四隅に散らした後、祖国に帰らせることを預言しました。いつ、どのように帰還が起こるかについては、数々の推測、議論、学説がありました。しかし、ここでも神の思いは私たちの思いとは異なり、神の道は私たちの道よりもはるかに高いものでした(イザ55:8〜9)。そのため、ついに帰還が始まった時、あまりにも予期せぬ方法だったため、いまだに世界は困惑しています。ここでも、それを予測してパズルのピースをはめられた人はいません。ただ後で振り返り、神の誠実さと力強さを証しする歴史の転換点を目撃し、再び畏敬の念に打たれたのです。

これが聖書預言の展開パターンではないでしょうか。神は、これから起こることを私たちが意識することを願いつつ、何が、どのように、どこで起こるかに焦点を当てるのではなく、別のことに意識を向けてほしいと願っておられるのではないかと思います。

神の明確な呼び掛けに応える

「オリーブ山の説教」として知られるマタイの福音書24〜25章において、イエスは終末に関する弟子たちの質問に答えておられます。イエスは、民族と民族、国と国が敵対して立ち上がること、地震や飢饉(ききん)、疫病、偽預言者、背教、迫害という一連の産みの苦しみがあることを指摘しました。これらは現在でもよく聞くことです。しかし、イエスは再臨に先立つ困難な時期を垣間見させた後、この重要な説教の大半を割いて、私たちが困難の真っただ中でどのように生き、行動するように望んでいるかを説明されました。

今、私たちに求められていることは「さらに闇が広がる世界において、神の光を輝かせるために、神は私たちにどのように生きてほしいと願っておられるのか」を考えることではないでしょうか。

イエスはオリーブ山の説教でこの質問に詳しく答えておられます。忠実なしもべと悪いしもべのたとえ話では、主人の帰りが遅くなったとしても、地上における神の代理人として人々に仕え続けるよう教えました(マタ24:36〜51)。賢い娘と愚かな娘のたとえ話では、自分の入れ物に油を満たしておくよう教えました(マタ25:1〜13)。さらにタラントのたとえ話では、神に委ねられた資産を神の国を建て上げるために使うよう勧めておられます(マタ25:14〜30)。

最後に、人の子が国々をさばく舞台裏を垣間見させます(マタ25:31〜46)。さばきの時の神の判断基準は何でしょう。空腹の者に食べ物を与え、渇いた者に飲み物を飲ませ、旅人に宿を貸し、裸の者に服を着せ、病気の者を見舞い、牢にいる者を訪ねることです。なぜなら、「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにした」(マタ25:40)ことだからです。

困難な時代を見るにつけ、差し迫った明確な神からの呼び掛けを感じます。苦難や痛みは今後も増える一方でしょう。しかし、私たちは唯一の答えを持っています。イエスは、私たちが何をするように望んでおられるかを既に語っておられます。何という導き、何という特権でしょうか! 私たちは共に神の国を建て上げる栄誉にあずかっているのです。私たちは共に働き、空腹の者に食べ物を与え、渇いた者に飲み物を飲ませ、旅人に宿を貸し、裸の者に服を着せ、病気の者を見舞い、牢にいる者を訪ねるのです。その時、次の主の御声を聞くことを私は切に願っています。

よくやった。良い忠実なしもべだ」(マタ25:21、23

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