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ティーチングレター

使徒の働き18章を再考する

文:レベッカ・J・ブリマー(BFP国際会長)

神の人と呼ばれる人であっても、
時には怒り、落胆します。
使徒の働き18章のパウロが、まさにそうでした。
その背景に何があったのかを学びながら、
18章の適用を考えてまいります。

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先日、使徒の働き18章について教えるよう依頼を受けました。聖書を教える際、私がまず取り掛かる準備は、複数の聖書翻訳を用いてその箇所を何度も読み返すことです。そして幾つかの質問を考えます。「当時は何が起こっていたのだろう?」「最初の読者はこれをどう理解したのだろう?」「この物語の登場人物たちに影響を与えたものは何だろう?」「原語ではどういう意味があるのだろう?」。その後で、注解書や洞察を与えてくれそうな本を読みます。

使徒の働き18章1〜17節のあらすじを見てみましょう。パウロがコリント(現代のギリシャ)に到着したのは、イタリアからユダヤ人が退去させられたのと同時期でした。パウロは安息日ごとに会堂で論じ、イエスがキリストであることを証ししていました。しかし、人々は反抗して受け入れず、パウロはついにローマの支配者たちの前へ連行されます。

この箇所を読むたび私の目を引くのは、パウロの激しい言葉が記された18章6節です。教会指導者たちがユダヤ人に対し誤用してきた箇所でもあります。

文化

どの場所にも独自の文化があります。聖書にも文化がありますが、多くの人はそのことに気付かず、現代文化のメガネを掛けて聖書を読んでいます。話す言葉も違えば、当時の問題を十分理解しているとも言えません。ましてや、その問題が人々にどのような影響を与えたのかを完全に理解してはいないでしょう。まず、コリントで実際に何が起こっていたのかを理解していきましょう。

使徒の働き18章の出来事はAD55〜57年ごろとされています。当時は現在のような教会堂はなく、家庭や屋外、あるいはシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)に集まっていました。集まるのは、ユダヤ人や改宗者(改宗して割礼を受けユダヤ人になった人々)、神を恐れる異邦人たちです。

キリスト教は当時、ユダヤ教の一派と見なされていました。ローマ法の下では、ローマ帝国の征服以前から存在した宗教は合法とされ、religio licita(レリギオ リキタ)と呼ばれました。一方、新しい宗教を始めることは違法であり、religio illicita(レリギオ イリキタ)と呼ばれました。つまり、使徒の働き18章の時代、ユダヤ教は合法だった一方、新たにキリスト教を始めることは違法とされたのです。キリスト教が正式にローマの国教となったのは、AD325年のコンスタンティヌス帝の時代です。やがて391年までに、キリスト教とユダヤ教以外の宗教は事実上違法となりました。

1世紀には文化の衝突や混合がありました。ヘレニズム文化やギリシャ文化は、ヘブル文化や聖書文化と衝突し、ローマ文化は征服した地域にローマ法を強要しました。

コリント

コリントは人口9万人を擁する主要都市で、そのうち1千人が神殿娼婦でした。アクロポリスの丘には、コリントの異教の主神で、ギリシャ神話に登場する性愛と美の女神アフロディテの神殿がありました。他にも異教の神殿があります。

コリントに残る遺跡
Photo by Eirini M.G/pexels.com

私は10代の時にコリントへ行った際、数多くの裸体像と異教の神殿にショックを受けました。コリントは好色と快楽の場所だったのです。実際、「コリント人のように行動する」とは密通することだと読んだことがあります。

パウロはコリントで、同業の天幕職人であるアキラとプリスキラ夫妻に出会います。二人はイエスを信じるユダヤ人でした。ローマの指導者がユダヤ人をローマから追放したため、各地から来たユダヤ人がコリントに大勢集まっていました。ユダヤ人にとって苦痛で困難な時代だったことでしょう。

パウロのユダヤ性

パウロはキリスト教徒になったとはいえ、ユダヤ人をやめたわけではありません。自身を「生まれて八日目に割礼を受け、イスラエル民族、ベニヤミン部族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法についてはパリサイ人」(ピリ3:5)と説明しています。

使徒の働き22章1節でパウロはユダヤ人を「兄弟ならびに父である皆さん」と呼び、ヘブライ語で話し掛けました。自分のユダヤ性は過去のものではなく、今もユダヤ人であることをパウロは明確にしたのです。

使徒の働き18章18節でパウロは髪を剃っていますが、これは非常にユダヤ的な概念で、ナジル人の誓いに関連した行動と考えられます。

迫害

牢獄で手紙をしたためるパウロ
(作者Gustave Doré)Public domain

マケドニアから追放され、ユダヤ人指導者たちから執拗(しつよう)な抵抗を受けたパウロは、心が痛んだことでしょう。パウロにとってユダヤ人は自分の兄弟、父、同胞だったからです。迫害され、投獄され、打たれ、ついにはローマの牢獄に入れられたパウロは、手紙をしたためています。後にコリント人に宛てた手紙の中で「あなたがたのところに行ったときの私は、弱く、恐れおののいていました」(Ⅰコリ2:3)と記すほど、大変つらい時期でした。

パウロは当初コリントのシナゴーグで礼拝し、福音を分かち合っていました。ところが、ユダヤ人指導者たちは再びパウロに反抗し、そのメッセージを受け入れませんでした。パウロは怒り、いらだち、痛み、落ち込み、恐れを感じたはずです。聖書は、人間が経験したことをうわべだけ取り繕うことはありません。私たちは霊的指導者を美化する傾向がありますが、聖書はそのような取り扱い方はしないのです。

パウロが使徒の働き18章6節で強烈な言葉をユダヤ人に投げ付けた時も、同様の心理状態だったと考えられます。「シラスとテモテがマケドニアから下って来ると、パウロはみことばを語ることに専念し、イエスがキリストであることをユダヤ人たちに証しした。しかし、彼らが反抗して口汚くののしったので、パウロは衣のちりを振り払って言った。『あなたがたの血は、あなたがたの頭上に降りかかれ。私には責任がない。今から私は異邦人のところに行く。』」(使18:5〜6

確かに、パウロの言葉は呪いに近いものです。しかし、この聖句の欄外注にはエゼキエル書の箇所が記されています。「角笛の音を聞いた者が警告を聞き入れないなら……その血の責任はその者の頭上にある」(エゼ33:4)。この聖句を念頭にパウロは「私はあなた方に対してやることはすべてやった」と言ったのです。

偉大な神の人でも常に冷静とは限りません。パウロがこれほど激しい応答をしたのは激情に流されたからでしょう。預言者エリヤも、うつ状態に陥りました。神のために偉大な働きを成し遂げてきた現代の指導者たちも、落胆のどん底に陥ってしまった人が大勢います。

主はパウロを訪れ、励ましのことばをかけられました。「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから」(使18:9〜10)。最初のことばはパウロが恐れの中にいたことを浮き彫りにしています。最後のことばは、神がエリヤに告げられたことばとよく似ています。「しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残している。これらの者はみな、バアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちである」(Ⅰ列王19:18

深まる陰謀

使徒の働き18章12〜16節を見ると、コリントのユダヤ人指導者はパウロに憤り、法廷に引き出しています。当時のローマの地方総督はガリオでした。指導者たちは、パウロの教えはユダヤ教ではなく違法だと訴えたようです。ガリオはこの告訴を即座に退け、キリスト教は合法的なユダヤ教の一部と見なしました。ガリオは教義の違いなど興味がなかったからです。

その後の17節で、ギリシア人(異教徒)の暴徒がユダヤ人に対する感情をあらわにし、会堂司を法廷の前で打ちたたきました。にもかかわらず、地方総督ガリオは何もしませんでした。反ユダヤ感情と民衆の暴力は、この時代が実に困難だったことを証ししています。

パウロのコリント訪問

手紙を書くパウロ(作者:ヴァランタン・
ド・ブーローニュ)Public domain

使徒の働き18章11節によると、パウロは1年半コリントにとどまりました。コリント滞在中のAD57年ごろにローマ人への手紙を書いたと言われています。ユダヤ人社会で騒動が起こっていた時期に、パウロがローマ人への手紙9〜11章を書いたのは興味深いことです。

この章の内容は、ユダヤ人に対する神のご計画の論説です。自らの怒りの言葉が生み出した痛みを癒やそうとしたのかもしれません。弱っていたパウロが使徒の働き18章6節で語った言葉は、ユダヤ人に対するパウロの総合的見解を反映したわけではないと私は信じています。

教会は新約聖書のこうした言葉を誤用し、何世紀にもわたりユダヤ人に深い痛みをもたらしてきました。反ユダヤ主義的な神学、置換神学、超越主義によってユダヤ人とクリスチャンの関係が損なわれたため、ユダヤ人にとってキリスト教やイエスを肯定的に見ることは非常に難しくなりました。

18章の大切な適用方法

どれほど困難な状況に置かれても、迫害されても、主が私たちと共におられることを常に覚えましょう。主は世の終わりまで、私たちを見放すことも見捨てることも決してありません。

落ち込んだり、恐れたり、心配したり、怒ったりしている人を軽んじないようにしてください。使徒パウロや預言者エリヤがこうした感情を経験したのなら、私たちも同様の衝動に駆られることでしょう。感情的な反応をして自責の念にかられることなく、神に叫びましょう。神はあなたと共におられます。牧師のために祈り、励まし、応援していることを知らせましょう。

困難な時期には、迫害者に対し怒りや呪いで応答しないよう自制することが必要です。ローマ人への手紙11章33節で、パウロがイエスを信じていないユダヤ人に言及した言葉に同意します。「ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう

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