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ティーチングレター

神を愛する犠牲と恵み

文:レベッカ・J・ブリマー(BFP国際会長)

神への私たちの愛は、苦難の時にこそ試されます。
時には神を愛するために犠牲を払うこともありますが、そこには神の恵みが伴うことも聖書は約束しています。

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私たちが神を愛するのは、神が神であるゆえなのか、それとも神が私たちにしてくださることのゆえなのか―。私はよくこう自問自答します。信仰の道を主と共に歩み始めたころ、神は良いお方なのかと私は疑問に思ったことがありました。大切な家族が癒やされず、愛情深い神が神の子どもたちを癒やしてくださらないことが理解できなかったのです。神への愛が試されました。私の愛は神のなさることに左右されていたからです。

ユダヤ人も同様です。なぜ神はホロコーストが起こることを許されたのでしょうか。驚くべきことに、多くのユダヤ人(全員ではありませんが)は恐怖と悲しみのさなかに神を信頼し続けました。

ホロコーストで妻と11人の子どもを失った超正統派のラビは、後に「なぜ奇跡は聖書の時代だけで、今の時代には起こらないのか?」と質問された時、こう答えました。「ホロコースト生存者が、これらすべてを経験してもなお信仰を保っていること自体が、最大の奇跡なのです」

次第に私は、神が願っておられることはご自分の子どもたちから無条件に愛されることだと気付くようになりました。たとえ人生のすべての出来事を理解できない時でも神を愛する犠牲的な愛―それは神に明け渡す生き方です。ヨブ記にはこの無条件の愛が描かれています。困難な中でもヨブは神を信頼し続けました。最終的に、神はヨブに与えていた財産を回復され、その信仰と信頼と愛に報いました。アブラハムはイサクを犠牲として捧げることをいとわず、無条件の愛を示しました。アブラハムが神にすべてを捧げた時、神は犠牲の雄羊を用意してくださいました。想像を絶する最悪のホロコーストの灰の中から現代のイスラエル国家は生まれました。大勢の人が神と神の召しに心から従い、多くのものを犠牲にし、中には信仰のために殉教した人もいます。

イエスが「心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(マタ22:37、ルカ10:27、マル12:30)と言われた時、それは「すべてを尽くして」という意味だったのです!

何かをしてもらうために神を愛するのなら、神以上に自分を愛していることになります。自分の必要や願いばかりを祈ったり、問題の解決方法を神に伝えたりしているなら、その背後にあるのは自己中心的な愛かもしれません。

無条件に神を愛することによって、人生がもっと困難になる場合もあります。神が主人と私をイスラエルに召された時、私たちはただ神に喜んでいただきたいと願い、召しに応じました。それはアメリカでの不自由のない快適な生活を手放すことを意味しました。イスラエルでの暮らしは質素で、最初の車はとても古いフォルクスワーゲンで、食費の捻出にも頭を悩ませたものです。外食はせず、新しい洋服も買いませんでした。神を愛していたので、このような犠牲を払うことにもワクワクしました。

イエスが、私たちの全存在をもって神を愛さなくてはならないと言った時(マル12:28-34)、優先順位がありました。心を尽くして神を愛する準備はできていますか。犠牲を払う必要があっても、喜んで神の心からの願いに耳を傾け、神に従いますか。神の召しに従順に聞き従い、アブラハムのように自分の愛する息子さえ喜んで委ね、人生で困難に直面しても、神を愛する人には祝福が約束されています。これが、イスラエルの神にして創造者であられる万物の神に完全に明け渡す愛です。

今の世や来たるべき世で神が与えてくださる祝福について、聖書が何と語っているか見ていきましょう。

神は恵みを示される

わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施す」(出20:6、申5:10。申7:9-12も参照)。この言い回しは聖書で何度か登場し、出エジプト記20章と申命記5章の十戒のリストにも出てきます。また、似たような言い回しがネヘミヤ記1章5節やダニエル書9章4節などに使われています。

ここで言う「恵み」は、原語のヘブライ語では「ヘセド」です。聖書の中でも最も素晴らしい言葉の一つで、252回使われています。この言葉は「いつくしみ、親切、優しさ、好意、あわれみ深い、良い、敬虔(けいけん)」とも訳されます。

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ここで思い浮かぶのは次のイエスのことばです。「もしわたしを愛しているなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです」(ヨハ14:15)。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛にとどまりなさい。わたしがわたしの父の戒めを守って、父の愛にとどまっているのと同じように、あなたがたもわたしの戒めを守るなら、わたしの愛にとどまっているのです」(ヨハ15:9-10

何と素晴らしい恵みでしょう。神と神の道に委ねる時、私たちははかり知れない神の愛を経験できるのです。私の願いは、神の好意、神の愛、神の親切と優しさの中に生きることです。これが、神を愛し、神の戒めを守る者に与えられる報いなのです。

力強い太陽のようになる

士師記5章31節にデボラの歌が記されています。「このように、主よ、あなたの敵がみな滅び、主を愛する者が、力強く昇る太陽のようになりますように」。太陽は中心部から輝いています。太陽熱によって地球の生命は維持され、太陽が無ければすべての生き物は死に絶えます。神が太陽を創造されたのは空の見栄えを良くするためではなく、地上の生命を維持するためです。神を愛する人々はそのような存在です。その人の内側から現れる神の臨在の光が、周りの人々に光と熱と命を与えます。

太陽にはどんな闇もないように、神の愛は私たちの人生から闇を消し去ります。闇と恐れは同一だと私は思います。ヨハネはこう言いました。「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。恐れには罰が伴い、恐れる者は、愛において全きものとなっていないのです。私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は兄弟も愛すべきです。私たちはこの命令を神から受けています」(Ⅰヨハ4:18-21)。力強い太陽にはどんな闇も存在しません。それは締め出されるのです。何と素晴らしいことでしょう。

すべてのことが益となる

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています」(ロマ8:28)。人生は時に簡単でも快適でもないかもしれません。しかし神を愛している人には、神がすべてのことを働かせて益としてくださるという素晴らしい約束があるのです。

神を喜びとする

私の大好きな聖句の一つは詩篇37篇4節です。「主を自らの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる」。かつて、自分の望みはすべてかなえられると考えていたこともありました。しかし、この聖句には別の意味もあることを聖霊が示してくださいました。主を自分の喜びとし、神を心から愛する時、神はご自分の願いを私たちの心に与えられます。私たちはもはや自分の満足を願うのではなく神の御心を願い求めるようになり、神が願っておられることをしたくなるのです。

アートスクロール・タナハの詩篇の注解には、「神は、あなたが神だけを自分の喜びとするのをご覧になり、確かにあなたのすべての願いをかなえてくださる。それは、あなたの願うことすべてが神への奉仕となるからだ」と書かれています。

主人と私がイスラエルに行くことが神の召しだと感じた時、多くのものは色あせ、重要でなくなりました。神がご自分の願いを私たちの心に植え付けてくださり、神の願いこそ何より大切な願いとなったからです。

当時は30代で、最初のマイホームを購入してもいいころでしたが、神に従うため、あきらめました。最初の家はイスラエルのキブツ(共同体)にあるボランティア用のワンルームで、汚く、虫がいて、サソリが出たこともあります。家具は貧相で使い古されており、トイレやお風呂もありません。夫が振り向いて言いました。「覚悟はできているかい?」。私は中流階級のアメリカ人で、こうした生活経験はありませんでしたが、ためらいませんでした。神に従うためならどんな不便な生活もする覚悟ができていたからです。

後に、主は奇跡的に私たちに家を与えてくださいました。やがて迎える引退の備えの一部として与えてくださったものです。イエスは言われました。「まことに、あなたがたに言います。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑を捨てた者は、今この世で、迫害とともに、家、兄弟、姉妹、母、子ども、畑を百倍受け、来たるべき世で永遠のいのちを受けます」(マル10:29-30

まず神の国を求めなさい

マタイの福音書6章には、神の備えについて書かれた美しい聖句があります。イエスは、つかの間の物事を心配する必要はないと言われました。心掛けることは、神を求めて神の道に従って生きることです。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのもの(食べ物、着る物など)はすべて、それに加えて与えられます。ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです…」(マタ6:33-34

神を愛することに伴う犠牲と恵みを考えながら、神を心から愛することを生涯の目標としてほしいと願います。イエスが言われた一番大切な戒めに従うことは真理の道に従うことです。こうして、この世においても来たるべき世においても豊かな命に導かれるのです。

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