ティーチングレター

義→平和→喜び

文:テリー・メイソン(BFP国際開発部長)

互いに対する愛が冷え、裁き合う風潮が高まる昨今、神の義を頂いている私たちクリスチャンは、平和をもたらす者でありたいと願います。
それを実践するために鍵となるみことばから、義と平和と喜びをもたらす生き方を学んでまいりましょう。

Photo by Sarah Yoder/bridgesforpeace.com

もっと喜びに満ちた生活をしたいですか。もっと深いシャローム(平和、心の平安)を求めていますか。みことばにはこの二つを見つける手掛かりがあります。クリスチャンには、聖霊による義、平和、喜びという伝統的な考え方があります。「なぜなら、神の国は食べたり飲んだりすることではなく、聖霊による義と平和と喜びだからです」(ロマ14:17)。ここを読むと、義が平和を、平和が喜びを生み出しているようです。私はその通りだと信じていますが、これが事実なら、平安で喜びに満ちた生活の源は「義」ということになります。このプロセスは現実の生活でどのように作用するのでしょうか。それは鍵となる言葉を一つ一つ見ていく時に明らかになります。

「義」は高潔、義認、慈善などと定義できますが、国際標準聖書辞典には「正しい者となりたい、正しいことをしたいという意思」と要約されています。私たちは神のみことばである聖書によって正しい者となり、正しい行動を学びます。聖書は神が人間に与えられた人生の取扱説明書であり、神や他人と正しい関係を持つ生き方を説明しています。

新約聖書で一般的に「義」と訳されているギリシャ語は、「ディカイオスーネー」です。セイヤー・ギリシャ語辞書では「神の前に正しい基準」「美徳」「考え方、感じ方、行動における正しさ」と定義されています。ストロング・コンコルダンスによると、「義」と訳されているヘブライ語「ツェダカー」は、ギリシャ語の「義」と同じ意味です。ユダヤ文化の中で、ツェダカーは時と共に「施し」を意味するようになりました。イエスはそのような意味で、「人に見せるために人前で善行(ツェダカー)をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いが受けられません」(マタ6:1)と教えられたのです。

神を愛し、隣人を愛する時、平安を知ります
Photo by Michio Nagata/bridgesforpeace.com

なぜ「義」を日々実践しなくてはならないのでしょうか。イザヤ書32章17節は義から生じるものに言及しています。「義が平和をつくり出し、義がとこしえの平穏と安心をもたらす…」。正しい生活の結果、内面的にも外面的にも平和が与えられます。正しいことをする時、人も神もおそれる必要はありません。しかし間違ったことをする時、神からの訓練を受けることになります。「すべての訓練は、そのときは喜ばしいものではなく、かえって苦しく思われるものですが、後になると、これによって鍛えられた人々に、義という平安の実を結ばせます」(ヘブル12:11

心、いのち、知性、力を尽くして神を愛し、自分自身のように隣人を愛する時(マタ22:37-39、マル12:30-31)、平安を知るのです。

平和

平和とは争いのないことだと思いがちですが、聖書の「平和」にはそれ以上の意味があります。

新約聖書で一般的に「平和」と訳されているギリシャ語は「エイレーネー」です。ギリシャ語辞典では「無事」「融和」「繁栄」と定義されています。ヘブライ語で平和を意味する「シャローム」には深く豊かな意味があり、コンコルダンスによると「安全」「十全」「安息」を意味します。このように祝福された日常生活を送るにはどうすればいいのでしょうか。詩篇119篇165節は「あなたのみおしえを愛する者には 豊かな平安があり つまずきがありません」と教えています。人生を豊かな平和の内に過ごしたいなら、神の律法(トーラー/モーセ五書にある神の戒め)を愛さなくてはなりません。イエスはこの原則を明確に教えています。「ですから、わたしのこれらのことばを聞いて、それを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人にたとえることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家を襲っても、家は倒れませんでした。岩の上に土台が据えられていたからです」(マタ7:24-25

神のことばの正しい指針に従う時、人生は平和で安定したものとなります。例えばシートベルトを考えてみましょう。確かにシートベルトは窮屈ですが、重大事故の際に人命を守り、被害を抑えることは周知の事実です。神の戒めも同様です。窮屈で自分のしたいことを妨げるように思えても、戒めのおかげで自分も他人も傷つかずに済みます。私たちが神の規則に従うのは、神の罰が恐ろしいからでしょうか。それとも生活や人間関係が自由で平安なものとなるからでしょうか。

喜び

人生で忘れられない瞬間には共通点があります。それは喜びです。プロポーズの成功や結婚式、赤ちゃん誕生のような幸福な出来事は喜びで満ちています。ヘブライ語には喜びに関する言葉がたくさんあります。喜びの民として知られるユダヤ人にふさわしいことです。一般的にタナハ(旧約聖書)で「喜び」と訳されている言葉は「シムハ」で、「喜ばしさ」「喜び」「陽気」を意味します。新約聖書のギリシャ語でこれに当たる言葉は「カラ」で、「上機嫌」「歓喜」「喜び」という意味です。

人生では、心配で喜びを失うことがあります。この世の煩いで動転したり、生活必需品の心配をしたりしながら喜ぶことはできません。マタイの福音書6章では、日々の生活態度の中に「心配するな」という強い勧告があります(マタ6:25)。同じ6章33節では「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます」と語られています。ここでも土台は神の国と神の義です。私たちは二人の主人に仕えることはできません(マタ6:24)。この世とそれにまつわる心配事か、神の国での義なる奉仕か、どちらかを選ばなくてはならないのです。後者を選ぶなら平和が与えられ、喜びが生まれます。箴言12章20節は「悪を企む者の心には欺きがあり、平和を図る人には喜びがある」と教えています。私たちは意図的に平和を推進すべきです。正しい心をもって平和を目指す人には喜びが訪れます。

現世か来世か

義によって平和と喜びが生じることは今の私たちの生活と関係があるのでしょうか。それとも完全な実現は後の世でしょうか。一般的に、神の国は後に来る霊的な世を指し、この世では手に入らない未来のものとされてきました。しかし、私たちが神の義の道に従う時、神の真理の光がこの世にもたらされます。私たちは今の世で神の国を拡張するのです。神はみことばを通し、神の真理を知らせて神に栄光を帰すべきことを明確にしています。

私の好きなたとえ話の一つは、マタイの福音書5章14-16節です。「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです」。絶えず広がりつつある混乱と対立に巻き込まれている世の中で、敬虔(けいけん)な生き方が生み出す平和と喜びの生活は、何よりも明確に神の本性を映し出すことになるのです。

初めからの神のご計画

レビ記には、祭りに関する明確な指示が神から与えられています。各祭りは年間を通じて、悔い改め、献身、喜びの時を定めています。祭りは、人間と親密な関係を築きたいという神の深い願いを示す方法です。祭りごとに、私たちは神や他人と正しい関係を持つように整えられます。

最初の祭りは春のペサハ(過ぎ越しの祭)。神がイスラエルの民をエジプトのくびきからあがない出したことを再現した祭りです。自分で自分を解放できないことを思い起こし、神の主権により頼みます。続くシャブオット(ペンテコステ/七週の祭り)では、シナイ山でトーラー(モーセ五書)が与えられたことを祝います。神の命令なしにどのようにして神や人と正しい関係を築けるでしょうか。神の命令こそ義の源です。使徒パウロは、律法によらずして罪を知ることはないと教えています(ロマ7:7)。ですから、神はまずあがないを成し遂げ、次に御心を啓示されるのです。続く祭りはラッパの祭り(ロシュ・ハシャナー/ユダヤ新年)です。ラッパの音は神が裁きのために来られることを想起させます。その10日後のヨム・キプール(大贖罪日)では、イスラエル国家が悔い改め、神と人との間に再び平安を得るように、神が道を備えられます。これらは最後の大きな祭り、スコット(仮庵の祭り)につながります。この祭りで神は大いに喜ぶよう命じておられます(申16:13-15)。

定められた祭りの日に、神は御そばに近付く私たちを温かく迎えてくださるのです。神の正しい命令に従って神との正しい関係の中を歩む時、心に平和が生まれ、深い喜びに至ります。神のご計画に連なりましょう。そうすれば、義と平和と喜びがあなたからあふれ出て、あなたの周りの人々を祝福するようになり、神の御名が栄光を受けるでしょう。

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