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都上りの歌

TEXT:ジョアン・ゴスラン(BFP国際本部ライター)

エルサレム旧市街、黄金門 Photo by Adam Brown

ユダヤ人は年に3回「都上り」をします。都上りとは、イスラエルの3大祭り、「過越の祭り」、「7週の祭り」、「仮庵の祭り」に、エルサレムの神殿に巡礼することを指します。

詩篇120篇から134篇までの15篇は、すべて「都上りの歌」ということばで始まります。イスラエル国内はもちろんのこと、海外からもユダヤ人は年に3回、神殿を目指して旅をしました。これらの詩篇は、その旅路で歌われた歌だと言われています。「上り」ということばは「段」と訳することもでき、原語のヘブライ語「マアラー」は、丘を登ったり、階段を上がったりするなど、上方への動きを表すものです。また、都上りの「歌」という題からも、これらの詩にはもともと音楽が付けられていたことが分かります。

都上りの歌は、誰によって記されたものでしょうか。122、124、131、133篇は、ダビデ王によって書かれました。また、127篇はダビデの息子ソロモンが書きました。しかし、その他の都上りの歌には、作者の名前が記されていません。いずれにしろ、ダビデ王の治世に書かれていたのであれば、これらは約3000年前のものということになります。それほど昔に書かれたにもかかわらず、これらの詩が今日でも私たちの心を揺さぶり続けるのは驚くべきことです。

都上りの歌の重要性

都上りの歌はユダヤ人にとって非常に大切なものです。個人の黙想や集団の礼拝に、常に用いられてきました。神殿の時代、祭司たちは神殿に入る際に、この都上りの歌を歌いました。ミシュナー(口伝律法をまとめたもの)には、「神殿の女性の庭へと続く15段の階段には、それぞれに対応する15の歌があり、楽器を携えたレビ人がち、歌った」とあります。また、都上りの歌はユダヤ教の祈祷書にも収められています。詩篇126篇、「主がシオンの繁栄を元どおりにされたとき、私たちは夢を見ている者のようであった(1節)」は週ごとの安息日の祈りの一つに含まれています。

神殿の庭へと続いていた階段跡
www.israelimages.com/Garo Nalbandian

都上りの歌は暗記され、ユダヤ人が年3回、祭りのためにエルサレムまで続く、長い道のりを旅する際に歌われました。申命記16章16節は「あなたのうちの男子はみな、年に三度、種を入れないパンの祭り、七週の祭り、仮庵の祭りのときに、あなたの神、主の選ぶ場所で、御前に出なければならない。」と命じています。この巡礼は、個人として主の前に出るための機会でしたが、それと同時に、イスラエルの民全体が主の御前に出る大きな喜びの時でした。ヘブライ語で祭りを表す言葉は「モエド」ですが、それは指定された時や場所、聖なる季節、定められた祝宴を意味します。それは神の暦において、神ご自身が民のために聖別された時だったのです。

都上りの歴史

エルサレムへの都上りはいつから始まったのでしょうか。初めてエルサレムへ上った人物はアブラハムです。後に、神殿が建つまさにその場所で、アブラハムはひとり子イサクを捧げるように命じられました。ヤコブはエルサレム付近を通った時に、御使いたちが上り下りする天への階段を見ました。ダビデ王はエルサレムで主の御使いに出会いました。Ⅱサムエル記24章24―25節には、ダビデが代金を支払ってこの場所を買ったことが書かれています。そしてその場所に、息子ソロモン王が神殿を建てました。

新約聖書を読めば、イエスもまたエルサレムへ何度も巡礼されたことが分かります。当時、この旅は楽なものではありませんでした。エルサレムまでの距離は、若い成人男性が一人で旅したとしても丸二日、子ども連れの集団なら最大五日間を要したと思われます。サマリヤを通るか通らないかで変わりますが、道のりは144キロから193キロもあります。おそらく、強盗や野生動物、自然災害から身を守るために、集団で旅をしていたことでしょう。ルカの福音書2章では、旅の様子が次のように描かれています。

www.wikipedia.org

「さて、イエスの両親は、過越の祭りには毎年エルサレムに行った。イエスが十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上り、祭りの期間を過ごしてから、帰路についたが、少年イエスはエルサレムにとどまっておられた。両親はそれに気づかなかった。イエスが一行の中にいるものと思って、一日の道のりを行った。それから、親族や知人の中を捜し回ったが、見つからなかったので、イエスを捜しながら、エルサレムまで引き返した。そしてようやく三日の後に、イエスが宮で教師たちの真ん中にすわって、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。(41-46)」イエスが一緒にいなかったことに、丸一日気付かないほど、大きな集団だったのです。イエス・キリストを一世紀のユダヤ人男性として見るなら、公生涯を通じて、年に三回、繰り返し、繰り返しエルサレムへの旅を続けられたことが分かります。

神は、ご自身の民をこうして選り分けると共に、シオンとも呼ばれるエルサレムを非常に大切にされました。だからこそ、ご自身の民をこの場所へと連れ上られたのです。主は、エルサレムをご自身が礼拝されるべき場所として定められました。主はこの地に臨在し、また未来には再び新しいエルサレムとしてこの場所を再建されます。

旅路を歩く-各篇の恵み

私たちは信仰者として、主と共に霊的な旅、都上りを行っています。まずはこれら15篇の詩篇(120-134)を読んでみてください。長いと思われるかもしれませんが、基本的には3節〜8節からなる短いものです。

詩篇120篇では、苦難の中にある状況が描かれ、121篇で苦難からの助けが神から来ると悟ります。122篇では、神にお会いする、エルサレムへの巡礼の喜びがあふれています。さらにこの篇では、再臨後のメシヤが統治する新しいエルサレムが暗示されています。

124篇は、神がどのように選びの民を滅亡から救われたかを振り返り、誰が助け主であるかを明確にします。125篇では、世の中とその煩いから離れ、主の平和の中で平安に取り囲まれている様子が描かれています。126篇では、巡礼はもはや単なる地理上の移動ではなく、離散した者たちがイスラエルへと集結する場面が描かれています。

127篇は、私たちが主から離れては何もできないことを思い出させてくれます。128篇は、すべては主を恐れることから始まるという基本的な真実に私たちを連れ戻してくれます。129篇はイスラエルの敵に対する勝利の歌です。130-131篇では、神を待つことの重要性が語られています。

132篇では、主にとってシオン(エルサレム)がいかに大切であるかを知ることができます。シオンは、世界全体の中から、主が永遠に自分のものと定められた、ただ一つの場所です。133篇までくると、あなたも大いなる喜びに満たされていることでしょう。私たちが平和と愛、そして一致して共に生きる時、それは主の喜びとなります。そして、最後の134篇は、この素晴らしい神に栄光を帰する歌い手たちの高まりが表現され、美しい賛美で締めくくられています。

今日、私たちの周囲には不確かなことがたくさんあります。しかし、神とみことばに、不動の確信を持つことができます。私たちもユダヤ人同様、霊的な都上りを日々味わい、選び分かたれた者として、主と共に歩むこの旅路を全うしたいと思います。

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