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神は良いお方 -前編-

TEXT:レベッカ・J・ブリマー [BFP国際会長]

今月はヨセフの記事を通して「良い悪い」の判断は、神と人で大きく異なることを見ていきましょう。

良いお方である神

聖書には神が「良い」お方であると何度も書かれています。神はモーセにこのようにご自身を定義されました。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵み(善良)とまことに富み…。」(出エジ34:6)ダビデ王は詩篇27篇13節でこのように言っています。「ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったなら--」(新改訳) [訳注※英文では、「もし生ける者の地で、主の善良さを見られなかったなら、私は気持ちがくじけてしまうだろう」]

私の大好きなみことばの一つに、ローマ8章28節があります。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

ある人がこう言っているのを聞いたことがあります。「もし起こることが良いことなら、それは神から来ている。もし悪いことならそれは神からではない。」この言葉の前半には大いに賛成しますが、後半には賛成しかねます。神は常に良いことをなされるお方です。しかし、私たち人間には、神の判断される良し悪しを理解できないことがあるのです。例えば、幼いころ、私は両親から受けるしつけを「悪いこと」と受け止めていました。しつけは心地良いものではありません。時には痛みをもたらすこともあります。しかし、親の視点から見れば、そのようなしつけは、多少痛みを伴ったとしても、私が大人として成長するためには必要なことでした。しつけられることを嫌がる子どものように、私たちは自分の人生に起こる出来事のすべてを理解できないことがあります。辛い経験を通っている時、神がすべてのことを益にしてくださるとは、とても思えないのです。

ヨセフ

その完璧な例として、ヨセフの記事が聖書に登場します。ヨセフの人生は、何という痛み、苦痛、そして勝利のドラマに満ちていることでしょうか。彼は父ヤコブのお気に入りの息子だったので、兄弟たちから憎まれていました。「イスラエルは、彼の息子たちのだれよりもヨセフを愛していた。それはヨセフが彼の年寄り子であったからである。それで彼はヨセフに、そでつきの長服を作ってやっていた。彼の兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。」(創37:3-4)事態はさらに悪化します。ヨセフは兄弟たちが彼におじぎをするという予言的な夢を見、ヨセフが兄弟たちにその夢を分かち合ったとき、兄弟たちは、夢のことで、彼をますます憎むようになりました。(創37:8

兄弟は、ついにヨセフを殺してしまおうというところまで心をいらだたせました。最後の瞬間に、命こそ助かったものの、ヨセフはエジプトに奴隷として売られていきました。
どれほどショックな出来事であったか、想像してみてください。溺愛されて育てられた彼が、奴隷に身を落としたのです。なんという孤独と痛みを彼は味わったことでしょう。詩篇の記者はこう記しています。「主はひとりの人を彼らにさきがけて送られた。ヨセフが奴隷に売られたのだ。彼らは足かせで、ヨセフの足を悩まし、ヨセフは鉄のかせの中に入った。彼のことばがそのとおりになる時まで、主のことばは彼をためした。」(詩編105:17-19)17歳の青年ヨセフは、突如として奴隷の暗闇に突き落とされました。その後、ヨセフは主人の妻に乱暴しようとしたという冤罪(えんざい)によって投獄されます。ヨセフの誠実な姿勢にもかかわらず、彼はあらぬ疑いにより、さらに悲惨な状況へと追い込まれていきました。

牢獄の中でヨセフはエジプトの王、パロに仕える二人の役人と出会います。そして彼らの夢を解き明かし、その夢は文字どおり実現しました。しかしそれから二年たっても、ヨセフはまだ牢獄の中にいました。ある日パロが夢を見ました。その夢はとても重要な意味を持つと思えたので、解き明かしを求めて国中の魔術師や賢者に助けを乞いました。しかし、彼らの誰も、その夢を解き明かすことができません。そこへヨセフが呼ばれ、夢をみごとに解き明かしました。そればかりか、重要なアドバイスをしたので、パロはヨセフに王国内で王に次ぐ地位を与え、来る飢饉(ききん)に備えて食料を備蓄する任に就かせました。綿密な計画によって、ヨセフはエジプトの国を飢餓から救い、自分自身の家族をも救うことになりました。
ヨセフはエジプトを飢饉から救うために、必要な知識と、必要な知恵を持って、必要な時に、必要な場所にいたのです。ヨセフがパロの夢を解き明かしたその通りに、七年間の大飢饉がやってきました。それは生か死かという、絶望的な大災害でした。しかしエジプトは、神がパロに夢と解釈者―ヨセフを与え、パロが忠告に耳を傾けた結果として、飢饉が来る前に備えをすることができました。

絶望的な時代

現代に生きる私たちも、絶望的な状況、そして時代に直面しています。貧困、深刻な水不足、ドラッグやアルコールの乱用、戦争、経済の崩壊、犯罪……これらすべてのものが、地をむしばんでいます。ちょうどヨセフがいたエジプトのように、現代の私たちは移行と変化の時代を生きています。7年もの間豊作が続いた後、突如としてひどい飢饉が襲ったことを想像してください。神はその時一人の仲介者―ヨセフを送りました。彼は神の知恵に満ちており、偶像崇拝者であったパロでさえもそれを認めたのです。「そこでパロは家臣たちに言った。『神の霊の宿っているこのような人を、ほかに見つけることができようか。』パロはヨセフに言った。『神がこれらすべてのことをあなたに知らされたのであれば、あなたのように、さとくて知恵のある者はほかにいない。』」(創41:38-39)

ヨセフがここに至るまで、彼自身の意志は反映されていません。エジプトに奴隷として売られることを、彼の自由意志で選んだでしょうか。また、主人の妻に無実の罪を着せられて牢獄に入ることを彼の意志で選んだでしょうか。確かに若いころ、神はヨセフに将来の彼の姿を夢で垣間見せました。しかし、聖書のどこにも、その夢の実現に至る道に横たわる試練をヨセフが理解していたと考えられる記述はありません。

トム&レベッカ・ブリマー夫妻

何年も昔のこと、夫のトムと私は神の召しをいただきました。私たちの使命はイスラエルに仕えることにあると、理解したのです。そのころ私たちはまだ二十代の前半で、若く、神のやり方や、タイミングといったものを分かっていませんでした。少なくとも半年後には、自分たちはイスラエルにいるだろうと思いましたが、実際にイスラエルの地に立つまで8年もかかりました。その間、私たちは実にさまざまなことをしました。経験した仕事や働きは、互いに何の関連も無いように見えることが多くありました。神は私たちの将来の働きのために、その時期、準備をされていたのですが、自分たち自身は戸惑いと混乱を覚えていました。それから約30年もたってから、その時のことを振り返って初めて、神が私たちを最初の召しに十分な働きができるように、教えてくださっていたのだということが分かりました。ジグザグのように思えたすべての道が、今振り返ると、一本のまっすぐな道となっていることが分かるのです。ジグザグ時代に学んだこと、その時代に私たちが学んだすべてのことが、今イスラエルでの働きをするために不可欠な要素となっています。

エジプトのパロ(ファラオ)

ヨセフが王の次の位に就いた後、彼もきっと自分の人生を振り返ったことでしょう。そして、彼の人生のすべての道に主の御手が働いていたことを見たことでしょう。その時初めて、ヨセフが通ってきたすべての苦難が、突如として意味を成しました。これらの苦難がヨセフを神の道具として、多くの人を救う場所へと導いたのです。兄弟たちと再会した後、ヨセフはこう言いました。「今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。この二年の間、国中にききんがあったが、まだあと五年は耕すことも刈り入れることもないでしょう。それで神は私をあなたがたより先にお遣わしになりました。それは、あなたがたのために残りの者をこの地に残し、また、大いなる救いによってあなたがたを生きながらえさせるためだったのです。」(創45:5-7)

父ヤコブの死後、ヨセフの兄弟たちは再び彼らのしたことでヨセフが自分たちに復讐をするのではと恐れました。しかしヨセフは再びこう言いました。「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりでしょうか。あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。」(創50:19-20)神は良いことのために、これらのことを計らったのです。

後編では、ヨセフがいかにして人の目には悪いと思える時にあっても、神の道を歩むことができたのかを学びます。

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