ティーチングレター

私たちの父 -後編-

TEXT: レベッカ・J・ブリマー(BFP国際会長)

天にいます私たちの父よ(マタ6:9)」と、主の祈りにある父なる神の本性(ほんせい)について、聖書は具体的にどのように語っているかを見てまいりましょう。

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あわれみ深い父

ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです(ルカ6:35-36)

イエス・キリストのこの言葉を聞いた人は、出エジプト記34章6-7節を思い浮かべたに違いありません。「主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。『主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に』

神のあわれみに関する13の特質を挙げたこのみことばは、神の本性(ほんせい)を理解する上で非常に大切なものです。ここで神は、ご自身がどのような存在であるかを定義し、宣言されました(詳細はティーチングレター「神を知り、神を愛する」前編/後編を参照)。

上記のみことばには、ラフーム(あわれみ深い)、ハヌン(情け深い)、アレク(怒るのにおそい)、ヘセド(恵み)、エメット(まこと)など大切なヘブライ語が幾つも含まれています。イエスは、父の御そばに近付くように人々を励まし、神の本性を模範としながら人と関わるように勧めました。父なる神との関係は、神の子どもに与えられた素晴らしい特権です。と同時に、他人に対しどのように振る舞うべきかを示す模範ともなりました。それは、彼らの行動を通して人々が神を知るようになるためでした。

このことは、マタイの福音書5章16節でも強調されています。「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい

私たちの人生は父なる神の本性を反映するものでなくてはなりません。それを通して人々が神を知るようになるためです。

必要を満たしてくださる神

良い父親を持つ子どもは、親を信じ切っ ています。
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あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です(マタ7:9-12)

このみことばには父なる神が必要を満たしてくださる良いお方であることが示されています。良い父親を持つ子どもは、親が養ってくれることを信じ切っています。私たちの天の父は良いお方です! ダビデ王は「私が若かったときも、また年老いた今も、正しい者が見捨てられたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない(詩37:25)」と語り、神が良いお方であることを証言しました。

「律法と預言者」というイエスの言葉は、タナハ(旧約聖書)の三つの部分の内のトーラー(モーセ五書)とネビイーム(預言書)の二つを指しています。つまりイエスは、備え主という神の本性はタナハ全体に見られると言っておられるのです。

イエスの話を聞いていた人たちは、イサク奉献の話を思い起こし、どのように神が身代わりを備えられたかを思い浮かべたことでしょう。「そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、『主の山の上には備えがある』と言い伝えられている(創22:14)

また、エジプトから約束の地に向かう間、荒野で食べ物が与えられたこと、飢饉(ききん)の時、神がエリヤに食べ物を与えられたことも頭に浮かんだのではないでしょうか。

私自身、父なる神が日々の必要を忠実に備えてくださる体験をしました。ボランティアとして初めてイスラエルに来た時、私たち夫婦は毎日、イエスが主の祈りで強調されたように「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください(マタ6:11)」と祈りました。それは単なる暗唱聖句の祈りではありませんでした! 文字どおり、私たちには日ごとに神の備えが必要だったのです。ほとんど収入がなかった最初の数年間、私たちは何度も神の備えを目の当たりにしました。私たちは神が良いお方であり、神に信頼する時、神が必要を満たしてくださることを学んだのです。

信頼の神

すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません(ヤコブ1:17)

主であるわたしは変わることがない(マラ3:6)

私たちの天の父は完全に信頼できる神です! 敬虔(けいけん)で信頼できる父親がいる子どもは幸せです。彼らは、いつもそばにいてくれる父親に期待することができます。父親は常に子どもたちを愛し、守り、弁護します。しかし同時に、わが子が敬虔で責任ある大人になるように援助することが本当の愛であることも知っています。ですから、行動の模範を示したり、必要とあれば懲らしめたりして子どもを訓練します。悲しいことに今日、崩壊した家庭に育ち、養ってくれる良い父親を持たない子どもが大勢いることも事実です。しかし、地上の父親の良し悪しや、父親がいるいないにかかわらず、すべての人には愛に満ちた天の父がいるのです。

もし、あなたが信仰者として本当に成熟したいなら、次のことを頭に入れておきましょう。

あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。あなたの神、主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい(申8:5-6)

箴言にも同様のことが書かれています。「父がかわいがる子をしかるように、主は愛する者をしかる(箴3:12)

へブル人への手紙の著者はこう記しました。「わが子よ。主の懲らしめ(訓練/口語訳)を軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。…すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます(へブル12:5、11より抜粋

ご自身のみことばに忠実な神に、私たちは信頼できるのです!

私たちの父なる神

イスラエルの民には神を父と呼ぶ十分な理由がありました。神はイスラエルを守り、必要を満たし、あわれみを示し、懲らしめを与え、みことばによって導かれました。私たちは神の本性の中の、心地良く当たり障りのない面に目を向け、自分たちにとって不快な面を無視する傾向があります。こういう姿勢は、私たちにゆがんだ神観をもたらします。

神は愛であり、あわれみ深く、親切で、正しく、きよい、全能のお方です。神は癒やし主であり、裁き主であり、真理を体現されるお方です。神は義をもって行動し、未亡人や孤児、寄留者の面倒を見てくださいます。恵みに満ちておられ、忠実で、きよく、真実なお方なのです。神の道に歩むなら祝福が訪れると、みことばは語ります。また、自分にとって心地良くない神のみことばを無視することに対して、警告が与えられています。

あなたがたは、私があなたがたに命じるすべてのことを、守り行わなければならない。これにつけ加えてはならない。減らしてはならない(申12:32)」。同じことが黙示録22章18-19節に繰り返されています。

イエスは人々の関心を繰り返し父に向けさせました。私たちもまた、父なる神が私たちの成長と成熟を望んでおられることを覚えておくことができますように。父なる神はご自分の本性を表す子どもたち(私たち)を通して、この世にご自身を示したいと願っておられるのです。

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