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ボランティア体験談

過去のボランティア参加者

鈴木 里美さん
『いつも共におられる主』
石本 良恵さん
『すべてのことに感謝して』
山本 愛さん
『イスラエルに恋をして』
坂本 光さん
『大切な宝物となった思い出のボランティア体験』
田畑 恵さん
『心と思いと力を尽くして主を愛する』
高田 美樹子さん
『祝福いっぱいのボランティア体験』

鈴木 里美さん

いつも共におられる主

イスラエルでの滞在期間を振り返ると、今までの自分には全く想像すらできなかったことばかりが起きたと、無限に恵み深い主をほめたたえずにはいられません。
私はフードバンクのフロアスタッフとして3カ月間奉仕をさせていただきました。
出発の前日、39度の熱が出て、とても楽しみだった気持ちがなえて、不安と恐怖にかられました。私が信頼する牧師に会いに行くと、こう言われました。
「イスラエルに行ったら、日本に帰ってきた後も受ける祝福が大きいから、行かせないようにしている力が働いているだけですよ。大丈夫、何も心配いりません。この扉(BFPで奉仕をすること)を開かれた主は、イスラエルで待っているのではない、いつも共におられますから」と。

イスラエルに着くと、私の不安な思いはすべて吹き飛ぶようなことばかりが待っていました。しかしそれでも、普段の自分とは思えないほど、なぜか前向きになれず、英語でのコミュニケーションにちゅうちょしてしまっていました。そんな中でも、いやそんな時だからこそ、主は私に「もっと自由に楽しみなさい」と、日本では絶対にできない経験と多くの出会いを、感動と共に与え続けてくださいました。

何よりも素晴らしかったのは、ブリッジーズの神の家族、一人ひとりの豊かな個性と信仰心でした。私は彼らの言葉一つ、表情一つ、祈りの姿、また悔い改めの心・・・そのすべてから、主を愛することは、人として究極的に美しいものだということを学びました。
実際に霊的にも肉的にも、私よりはるかに年を重ねられた兄弟姉妹たちの燃えるような真剣な信仰から、「人は神さまによってしか、その人本来の輝きを真に放つことはできないんだ」ということを強く感じました。同時にキリストが、彼らの内に住んでいるからこそ、その内側からにじみ出る美しさは、柔らかく温かく、そして力強い存在感があるのだと思いました。それは、若さや外見で測られている日本や世界の美徳意識をはるかに凌駕(りょうが)する、神の子の魅力であると感じました。
イエスキリストを模範として、謙遜であるからこそ勇敢に生きる彼らを見て、純粋に「こんな風に私も年を重ねたい」と思えたことは、本当に本当に大きな励ましとなりました。

またZealous Projectの若い彼らの存在は、同世代の私にとって、とっても刺激的で希望となりました。こんなに堂々と「イエスさま大好き!私の人生捧げる!」と非常に熱烈に楽しそうに語る彼らから、主は私たちの世代に希望とご計画を用意してくださっている!だからこそ、私ももっと学びを深めたいと望む思いが強まりました。

このすべての兄弟姉妹と過ごした滞在の時間は、これまでの人生、我武者羅に走ってきた私にとって癒やしであり、また主によって一新された私への励ましとなる時間でした。
「主は私をあわれみ、尊んでくださっている。」それを日々感じるたびに、感謝で涙しました。

すべてのことに感謝して

イスラエルのことを知ったのは、BFP主催の聖地旅行を通してでした。最初の聖地旅行では、私はまだクリスチャンですらなく、聖書や聖地については何も知らない者でした。しかし、やがて変えられ、2度目の聖地旅行の際、ヨルダン川で受洗するに至りました。その後、どうしてもエルサレムで主に仕えたいという思いが頭から離れず、受洗から数カ月を経て、BFPボランティアとしてイスラエルに渡りました。

生まれたばかりのベビークリスチャンとして、エルサレムでの生活が始まりました。共に働く人たちは、全員が世界中から主に召され集められた敬虔なクリスチャンたちです。当時の私は、祈り方も知らず、聖書理解もほんの少しで、イスラエルのことについては無知も同然でした。何しろ、主がくださった「思い」だけでエルサレムまでやってきたのです。「なぜイスラエルのために祈るのですか?」「ユダヤ人とは、どういう人のことをいうのですか?」など、突拍子もない質問をしては周囲を驚かせていたものです。どなたも、イスラエルのことをよくご存知で、何年も祈ってやっとエルサレムにやって来た、というような熱心な方が多かったからです。文化の違い、私の英語力不足からくる誤解など、不作法極まりないことも多々ありましたが、その都度「赦し」をいただいていました。私は、フードバンクでボランティアたちによって、クリスチャンとしての成長を与えられたのです。

私の仕事は、フードバンクのフロアで、支援先団体や家族への支援物資を梱包したり、袋に詰めたりすることでした。力仕事でしたが、不思議と体調を崩したことは一度もありませんでした。楽しかったのは、仕事の合間に賛美をしたり祈ったり、一日中、クリスチャンとして過ごせたことです。イスラエルでは、金曜の日没から土曜の日没まで安息日になりますが、安息日の夕べには、よくボランティアで集まったものでした。聖地エルサレムにいるというだけで胸が踊り気分が高揚するのですが、主がお定めになった「安息日」に「エルサレムで」信仰を分かちあうということの意味、素晴らしさは、言葉にならない喜びです。

過ごすうちに、イスラエルやユダヤ人に対する「愛」も芽生えました。1年を過ごしたので、イスラエルの年中行事をすべて経験することができました。聖書に出てくる「主の例祭」が、今も忠実に守られていることにも驚きましたが、もっと驚いたのは、聖地を知れば知るほど聖書への信頼が深まっていくことでした。聖書を読んで検証するのではなく、聖地を見て歩いて確かめて、聖書で確信を得るのです。また、現代イスラエルを知ることで、聖書預言の確かさも実感しました。聖書を片手に、自分の足で聖地を歩いてめぐる興奮と感動は、どう表現したらよいのでしょうか。

BFPでの尊い働きに参加させていただいただけでなく、神さまは、イスラエルに暮らすことでたくさんの祝福を与えてくださいました。多くの素晴らしい人たちとの出会いもありました。今では、出会った全員が私のイスラエルでの「家族」だと感じています。このような体験を与えてくださった神さまに心から感謝すると共に、これからも絶え間なく日本からボランティアが送られるよう祈ってやみません。それが日本の祝福となるからと聖書に書いてあるからです。

すべてのことに感謝して。シャローム!

イスラエルに恋をして

それは、いつか行ってみたい憧れの国。私にとってのイスラエルは、聖書の舞台でありながら、ちょっと遠い存在でした。でも、栄子先生のセミナーがきっかけで、教会で祈り会(ハイナイト)が始まり、BFPの働きを知ると、現地で働きたいという強い思いが心に迫ってきました。そうなると具体的に祈るようになり、イスラエルという国がだんだん近い存在になっていきました。

その後、神さまは祈りに答えて道を開いてくださり、三度にわたって短期ボランティアとして働くことができました。その度に、イスラエルへの愛は深まり、今ではまるで恋人のように大切な存在です。

ボランティア体験を自分なりに要約すると、①異文化で冒険のドキドキ感を味わい、②イスラエルと聖書について学び、③現地の人と同じように生活し、④愛の架け橋となる働きを担う、と言えます。

入国からすぐに冒険は始まります。言葉の分からない一人旅ですからなおさらです。乗り合いバスでエルサレムに向かうのも、毎回楽しみにしています。英語の通じない運転手に困ったとき、車内に一人だけ英語を話す乗客がいて助けられた事があります。滞在中、神さまに守られた数多くの経験から、自分は決して一人ではなく、日本で祈りによって支えてくれる神の家族があって、働きができるのだと学びました。

私はエルサレムのフードバンクで働きました。世界中のクリスチャンの献金が、食べ物や生活用品となって人々の手に渡されます。そのお手伝いができたことは大きな喜びです。フードバンクを訪れるのは、里子や支援を受ける人以外にも、その日の食べ物に困った様子の人がほぼ毎日やって来ます。片言のヘブライ語を覚えて挨拶をすると、中には目に涙を浮かべてハグしてくれる人もいました。

このフードバンクのことは、クリスチャンが運営するボランティア団体であると知られています。三度目のボランティアでは、バスで知り合った女性と友達になり、安息日のランチに招かれました。熱心なユダヤ教徒の両親が温かく迎えてくれ、旧約聖書の質問などをしながら食事をいただきました。彼らもフードバンクの存在を知っていました。帰国後も交流が続き、震災後は詩篇の本とカードが送られてきました。今もこの家族の為に祈り続けています。

私たちがキリストの愛を持って行動するとき、イスラエルの人々の心に種を蒔くのだと思います。春が来ると氷が溶け、土から芽を出して植物が育つように、蒔かれた愛の種が良い実を結ぶことを願っています。そのためにも、この働きは多くの人によって継続する必要があるのです。

ボランティアですから平日は毎日働くし、バスに乗って現地の人々と同じ生活を体験します。配達のために訪れる場所もさまざまです。そんな中で不思議な出会いがいくつもあり、今まではなんとなく祈っていたのが、顔を思い出しながら具体的にイスラエルの人々の祝福を祈れるようになりました。

また現地での生活は、神さまにより頼む大切さも教えてくれました。定年後にイスラエルで働く年上のボランティアたちからは、年齢を言い訳にしない姿勢を学びました。

ですから、次の機会をいただいたら、私はまた大好きなイスラエルで「架け橋」として働きたいです。あなたもぜひ、現地ボランティアを体験してみてください。心からお勧めします。

大切な宝物となった思い出のボランティア体験

僕は半年間、BFP大工チームの一員として働きました。この半年間の大工チームの主な働きは、BFPで管理しているアパートのメンテナンスや、貧しいエチオピア系ユダヤ人の老廃したアパートの修繕などでした。大工チームの一員として働くことができた日々は僕にとって大きな喜びでした。スーパーバイザーのロビーをはじめ、素晴らしいメンバーに恵まれました。そして何よりユダヤ人の家を直接訪問し、自分たちの技術を通して彼らを手助けできること、祝福できること、これは本当に特別な経験でした。

僕がよく任された仕事は、水漏れ修理やペンキ塗りなどです。僕の父は水道工事店を営み、長男の僕は幼い頃から工事現場に一緒に行って、父の仕事を手伝ってきました。家業を継ぐために、工業高校も卒業しました。また、以前約一年間ペンキ塗りの仕事をしていた経験もありました。このような経験が生かされ、イスラエルの地で働くことができたのは、決して偶然ではなく、すべては神の計画なのだと確信しています。

僕たち大工チームは、7月にエチオピア系ユダヤ人から、アパートのキッチン修繕の依頼を受けました。このキッチンはかなり古く、何箇所かひどく破損していました。シンクの中にも、いくつかひび割れがあって、水漏れも起こしていました。あまりにも状態がひどかったため、修繕不可能ということで、キッチンユニットをすべて新品に交換する工事をすることになりました。

エルサレムの多くのアパートは5階建てや6階建てです。古いアパートには当然エレベーターなどなく、重い工具やペンキを持って狭い階段を昇り降りするのは楽ではありません。その日も、真夏の40度近い炎天下、古いキッチンを少しずつばらしていき、階段を何往復もして外に運び出しました。

シンクを取り外すと、その後ろから数千匹のゴキブリが出てきました。周りのアパートメントにまで大量のゴキブリが入っていってしまって、近所から苦情が来るほどでした。これにはメンバー全員苦笑でした。大工チームには、このように逃げ出したくなるような汚い仕事もあります。ですが、仕事が終わり、キレイになったところを見ると、満足感でいっぱいになります。

古いキッチンユニットを取り外した後、床や壁をキレイに掃除し、新しいユニットを一つずつ組み立て取り付けていきました。そして最後にタイルを張り完成。完成したキッチンを見た奥さんと子どもたちは、うれしそうな顔をして「トダ(ヘブライ語で〔ありがとう〕の意)」と何度も繰り返していました。このように彼らと直接触れ合うことができるのも、大工チームの特権だと思います。

僕は大工チームとして働き始めたばかりの頃、「この人たちは、僕たちクリスチャンのことをどう思っているのだろう。」また、「どういう態度で接していけばいいのだろう。」と不安に思っていました。しかし実際には、ほとんどのエチオピア系ユダヤ人たちは、フレンドリーで僕たちのことを笑顔で迎えてくれます。休憩中にはコーヒーを出してくれるし、仕事が終わると笑顔で握手してくれます。

僕たちは言葉が違うので、あいさつ以上の会話はほとんどできませんが、この半年間、僕は数え切れないほどのユダヤ人の笑顔を見ることができました。そして数え切れないほどの「トダ(ありがとう)」を聞くことができました。この一つひとつが、僕にとって大切な宝物です。

僕は半年間の現地ボランティア期間を終え日本に帰りますが、これからもBFPファミリーとして、この大工チームの働きが、さらに多くの貧しいユダヤ人の元に届くように、そのために必要なボランティアスタッフ、経済的な必要が満たされるよう祈り続けていきたいと思います。

心と思いと力を尽くして主を愛する

私は約7カ月間、エルサレムにあるBFP国際本部の人事部でボランティアをしていました。国際本部での働きはフードバンクと違って、実際に現地の人たちと触れ合う機会の少ない職場です。しかし国際本部は、世界7カ国の国際支部(アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・イギリス・南アフリカ・日本)とイスラエルをつなぐ大変重要な役割を果たしています。また、フードバンクでの働きも本部の働きなくしては成り立ちません。人事部の働きは、イスラエルの民に支援をするボランティアの方々を陰で支える働きだと思います。普段はパソコンに向かっての仕事でしたが、それが間接的にでも確実に支援先のユダヤ人につながっていて、私のする一つ一つの小さな業務を、主は恵みと変えて人々の心に届けてくださったと思います。また、イスラエルで奉仕をするボランティアの方々と、人事の働きを通して関わる機会が与えられ、それぞれの人生に大きく働かれて、彼らをイスラエルの地に導かれた主を見ることができました。

ボランティアに来る方々は決して経済的に余裕があるわけではない中で、主に信頼して主の召しに応答しておられました。ボランティア一人が故郷や家族を後に遠く離れた国、イスラエルに仕えに来る。それ自体が主の御業であり、奇跡だと思います。まさしくイザヤ49章22節の預言の成就に携わる喜びと恵みを体験させていただききました。

「見よ。わたしは国々に向かって手を上げ、わたしの旗を国々の民に向かって揚げる。彼らは、あなたの息子たちをふところに抱いて来、あなたの娘たちは肩に負われて来る。」

「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」という主の教えをどのように実践したらいいのかということを、イスラエルにいる間深く考えさせられました。そして出た一つの答えが、全力で主の教えに従い、主が愛されるものを全力で愛し、主が持っておられる壮大なご計画に全力で携わっていくことでした。主が情熱を持って今も愛されるイスラエルのために祈るようにという召しに応えたとき、与えられる恵みは私の想像と期待をはるかに超えた何にも変えられないものでした。そしてそれは、これからも続くものです。そして、私自身これからもこの召しに応え続けていきたいと思います。

高田 美樹子さん

祝福いっぱいのボランティア体験

2006年春、初めて出会った女性に「イスラエルに琴を弾いてくれる人がいたら」と言われ、お琴の教師をしている私は、それが私のことなのですか?と神さまに聞き始めました。

それまではクリスチャンであってもイスラエルは遠い存在でしたが、主はどんどん私をイスラエルに導かれました。2008年に初めてイスラエルへ行き、エルサレムで開かれた「祈りの祭典」では、一人で琴で賛美させていただき、続く2009年には、タンバリンチームと一緒に琴で賛美しました。このとき、私は持って来た琴を主に捧げたいという思いでいっぱいになり、オリーブ山にある「祈りの塔」に置いて帰りました。日本に帰って来ても、いつも心の中ではイスラエルのことを思い、いつかユダヤの方々に接して仕えてみたいという思いがあふれるようになりました。そんなとき、2010年3月号の「オリーブライフ」で石本良恵さんの証しを読みました。彼女の証しに圧倒されながら、もしかしたら私もボランティアができるだろうかと真剣に考え、応募することにしました。

自分のありのままをただ主に委ね、導きを求めましたが、2011年11月 主が道を開いてくださり、約3週間フードバンクでボランティアをさせていただきました。この時期は私以外に4人の日本人がエルサレムでボランティアしていました。一人でイスラエルに行くことに大きな不安を抱えた私を、空港まで迎えに来てくださった良恵さん。いろいろな不安を優しく聞いてくださったサティさん。初めてのオリエンテーションでの通訳や、住まいからフードバンクまでの道案内をしてくださった恵さん、フードバンク2階で里親の仕事をされ、仕事帰りに一緒にショッピングに行ってくださった詩恵さん。この4人の女性たちは主が私に備えてくださった宝物です。

フードバンクでの奉仕の他に今回、全く考えてもいなかった琴の演奏は、BFPのスタッフの方々の手助けがなければ実現しませんでした。良恵さんが声をかけてくださったことによって実現した琴の演奏は、実に計6回にもなりました。小学校や荒野に行って琴を弾いたのは大きな喜びでした。また、2009年に置いて来た琴との再会は、私の思いを超えた主の恵みでした。あっという間の3週間でした。どんなに不安でも、主に「はい」と答えて踏み出したら、主はすべての必要を満たして溢れんばかりの祝福を与えてくださる、それを体験できました。またきっと、ユダヤの方々のところに戻って行きます。

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