ティーチングレター

私たちの父 -前編-

TEXT: レベッカ・J・ブリマー(BFP国際会長)

イスラエルでは、父親が子育てに積極的に関わる姿をよく見かけます。天の父なる神もまた、私たちに積極的に関わってくださるお方です。今回は、「父」という観点から神について考えてまいりましょう。

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イエスは全能の神を指し示す時、「父」という言葉を繰り返し使われました。エリック・フォン・アツィゲン牧師は次のように語っています。「イエスは3年間旅をしながら教えられた。聖書には…イエスの語った2万5千ほどの言葉が記録されている。このうちイエスは少なくとも181回、天の父について教えられた。これは140の言葉につき1回、イエスがご自分の父について語られたということである。イエスの中心的なメッセージは、私たちと天のお父さんとの関係を回復することにあったのだ」

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「私たちの父」という言葉を聞いて最初に思い浮かぶのは、「主の祈り」ではないでしょうか。イエスは、弟子たちから「祈りを教えてください」と頼まれた時、「天にいます私たちの父よ(マタ6:9)」と祈り始めました。ユダヤ教の中心的な祈りであるアミダー(「立つ」という意味。起立してこの祈りをすることから、こう呼ばれる)の中でも、神は数回にわたって父と呼ばれています。

アミダーの祈りより

「私たちの父よ、私たちをあなたのトーラー(モーセ五書)に立ち返らせてください。私たちの王よ、私たちを御そばに引き寄せてあなたに仕えさせ、心からの悔い改めをもってあなたの御許に引き戻してください。悔い改めを求められる主はほむべきかな。

私たちの父よ、私たちの罪をお赦しください。私たちの王よ、私たちの背きをお赦しください。神よ、あなたは良いお方であられ、罪を赦される方です。恵み深く赦しに富む主はほむべきかな」

多くの歴史家は、アミダーの祈りが成立したのは第二神殿時代にさかのぼると考えています。まさに福音書の時代であり、イエスと弟子たちはこの祈りを知っていた可能性があります。いずれにしても、第二神殿時代のユダヤ人にとって父なる神という考え方は非常になじみ深いものだったに違いありません。

では、タナハ(創世記〜マラキ)から、「父」に言及したみことばを幾つか取り上げてみましょう。

トーラー(モーセ五書)より

あなたがたはこのように主に恩を返すのか。愚かで知恵のない民よ。主はあなたを造った父ではないか。主はあなたを造り上げ、あなたを堅く建てるのではないか(申32:6)

ケトゥビーム(諸書)より

ダビデ王は、指導者としてのバトンをソロモンに渡す際、全集団の前で次のように祈りました。「私たちの父イスラエルの神、主よ。あなたはとこしえからとこしえまでほむべきかな(Ⅰ歴代29:10)

詩篇68篇4-5節でダビデはこのように言っています。「神に向かって歌い、御名をほめ歌え。雲に乗って来られる方のために道を備えよ。その御名は、主。その御前で、こおどりして喜べ。みなしごの父、やもめのさばき人は聖なる住まいにおられる神

エズラフ人エタンの書いた詩篇89篇は、神のご品性とダビデ王の召命について記した素晴らしい歌です。この詩篇でも26節で神を「わが父」と呼んでいます。「(ダビデ)は、わたしを呼ぼう。『あなたはわが父、わが神、わが救いの岩』と

預言者ナタンはダビデのもとにやって来て、その息子ソロモンについて語られた主からのことばを告げました。「わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。しかし、…わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない(Ⅱサム7:14-15)

ネビーム(預言書)より

しかし、主よ。今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの手で造られたものです(イザ64:8)

彼らは泣きながらやって来る。わたしは彼らを、慰めながら連れ戻る。わたしは彼らを、水の流れのほとりに導き、彼らは平らな道を歩いて、つまずかない。わたしはイスラエルの父となろう。エフライムはわたしの長子だから(エレ31:9)

それ以外の聖書の関連書物より

ミシュナー(ラビの口伝律法を書き表したもの)には、紀元70年の第二神殿崩壊以前に、ユダヤ人が祈りに使用していた言葉が記されています。「私たちは誰に頼るべきでしょうか。天の父なる神にです(ミシュナー、ソター9:15)」

ユダヤの賢人で、イエスの生まれる200年前にシラ書(『ベン・シラの知恵』とも呼ばれる聖書外典)を著したベン・シラは、「主よ、父よ、わがいのちの君よ…。主よ、父よ、わがいのちの神よ(シラ書23:1,4)」と祈りました。

また、死海文書の断片にも「私たちの父」という呼び方が出てきます。

このように、イエスが神を指して「私たちの父」という言葉を使ったのは、当時のユダヤ教から見ても特別なことではありませんでした。それはタナハの随所に見られるものであり、当時の聖書以外の書物にも出てくる言い回しでした。

神を「私の父」と呼んだイエスは、
宗教指導者たちから激しく批判されました

ところが、イエスが使った「私の父」という言葉は、それほど一般的ではありませんでした。〝私の〟という一人称での呼び方は、イエスが父なる神と特別な関係にあることを主張するものです。そのため、当時の宗教指導者たちから激しく批判されました。ヨハネも、当時のユダヤ人たちがイエスを殺そうとした理由について、「(イエスが)ご自身を神と等しくして、神を自分の父と呼んでおられたからである(ヨハ5:18)」と語っています。私たちクリスチャンは、イエスと父とが一つであること(ヨハ10:30)を知っていますが、当時の宗教指導者たちにとっては、これは過激で難解な考え方でした。

文化的誤解

エリ・リゾルキン=エイゼンバーグ博士は「聖書を書き直す必要はない。しかし、聖書を読み直す必要はある」と語りました。事実、私たちは聖書が書かれた時代から数千年の時を経ており、自分たちの文化的理解によって聖書を読んでいます。こうした理解は、聖書のヘブル文化と大きくかけ離れていることがよくあります。また、原語で聖書を読んでいないため、翻訳するのが難しい文化的かつ言語的な違いは見逃されてしまいます。ですから、私は聖書を読む時に「これは当時の読者(聴衆)にとってどういう意味があったのだろうか」と常に考えるようにしています。

一つ、心に留めておかなくてはならないことは、1世紀当時の著者や読者は完全な新約聖書を持ってはいなかった点です。つまり、みことばに「聖書」という言葉が出てくる時、それはタナハ(旧約聖書)を指しているのです。それが彼らにとっての唯一の聖書でした!新約聖書として知られるようになる書物は紀元50〜150年の間に書かれたというのが、ほとんどの学者の考えです。驚くことに、新約聖書が正典として完成したのは紀元4世紀になってからなのです。

父たち

では、父親の役割について考えていきましょう。父親は、神と配偶者と共に一つの創造プロセスに関わります。それは、神の似姿である新しい人の創造です。良い父はわが子に対する責任を放棄せず、子どもたちが責任ある大人になるよう養育します。子どもを教え、義(正しい生活)を行うように訓練し、子どもの必要を満たします。さらに、良い結果を期待して、時には子どもに罰を与えることもあります。天の父も同じです。ご自分の子どもたちが神と人とに仕える人生を送り、天の報いを受けられるように備えてくださるのです。

確かに、地上の父親は良い父親ばかりとは限りません。しかし、天の父は常に私たちの最善を考えてくださる良いお方です。私も子どものころ、父親から懲らしめを受けたことがありますが、それが私にとって益になるとは当時は理解できませんでした。同じように私たち信者も、父なる神のなさることをいつも理解できるわけではありません。ただ後になって振り返ってみると、それが益となっていることがはっきりと分かります。

後編では、父としての神のご品格について、タナハはどのように語っているかを見てまいりましょう。

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