ティーチングレター

大使ととりなし手

TEXT: テリー・メイソン(BFP国際開発副部長)

テロや自然災害が増加する不穏な時代にあって、私たち神の民に求められている使命とは何でしょうか。今回は、現代社会を見つめながら、とりなし手としての使命を学んでまいりましょう。

私たちは、善と悪、光と闇の対立がかつてないほど顕著な時代に生きています。世界の危険度は増しており、現在争いのない国は世界196カ国のうちわずか10カ国です。終末には、困難と苦悩が伴うとダニエル書11-12章は説明し、イエスも戦争のことや戦争のうわさ、自然災害と不法が増加すると語りました(マタ24:4-13)。終末が近付くにつれ、こうしたことがさらに頻繁に起こると聖書は明言しています。

個人のみならず、すべての国々が、この光と闇の戦いの中でどちらに立つのかを日々選ばなくてはなりません。究極的に言えば、これは霊的戦いです。一方はアブラハム、イサク、ヤコブの神によって与えられた道徳的価値を守っています。その召命は、神の指導に従い、それが祝福と平和につながることを身をもって示し、全人類の光になることです。もう一方は神の存在を否定し、神の道徳基準に反する道を歩んでいます。貧しい者を顧みず、弱い者を虐待し、「力こそ正義だ」と宣言します。こうした傾向はしばしばアマレクの霊と呼ばれてきました(アマレクの霊と反ユダヤ主義の関係については12年1月、2月のティーチングレターを参照。)。

世界が混沌とする中、私たちは信仰の民としてどのように応答すべきでしょうか。聖書は、この対立について多くのことを教えています。この戦いは目新しいことではなく、ダビデ王もこの対立を数多く経験し、詩篇の中で多くのことを教えました。

自分の持ち場を理解する

紛争が絶えず、危険が増す世界 AbirSultan/wikiflicker.com

神はユダヤ人であれ、クリスチャンであれ、ご自分の民がみことばに記された人生の指針を守り、諸国の光となることを願っておられます。出エジプト記19章5-6節で神はこう語られました。「今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる…」。また、預言者イザヤを通して「あなたがたはわたしの証人、―主の御告げ―わたしが選んだわたしのしもべである(イザ43:10)」とイスラエルに語られました。ペテロはこのことばを新約聖書で神の全家族に拡大しています。「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です(Ⅰペテ2:9-10)

このように私たちは神の証人、神の大使となるべきです。その使命に忠実に生きる時、神の御名はほめたたえられます。世の中における神の「御名」の命運は私たちの振る舞いに掛かっているのです。これほど重大な責任はなく、この任務において誰もが果たすべき分があります。イスラエルの神を信じ、イスラエルの神と共に立つ者として選ばれた私たちは、神の大使としての責任があるのです。イエスは言われました。「あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。…あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい(マタ5:14-16)

私たちが自らの聖書的な生き方を通して、真の神と、慈愛に満ちた神の正義とを示す時、世界の国々は神との正しい関係に入ることでしょう。それまで神の権威に逆らってきた人たちも唯一真の神を認め、神の原則に従って生きる時に祝福が来ることを認めざるを得なくなるのです。

私たちの責任

私たちがとりなすことを神は期待しておられます
Alex Motrenko/istock.com

アブラハム、イサク、ヤコブの神がこの世界を創造され、統治しておられることを認める者には、神の御国を前進させる責任があります。私たちは聖書的な生活を送って人々の前で輝かなくてはなりません。さらに、詩篇2篇8節に従って国々を求め、国々に代わってとりなす必要があります。「わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりとして与え、地をその果て果てまで、あなたの所有として与える」。神は私たちがとりなすことを期待しておられます。もし祈りによって国々を求めないなら、神の期待を裏切ったと言うことさえできるのです。神の御心は全人類が神の道に歩んで祝福されることです。

ヤコブの手紙4章2節には「…あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです」とあります。多くの文化の中に「求めること」に関する格言があります。例えば、イギリスには「求めないために多くのことが失われる」、アゼルバイジャンには「知らないことは恥ではないが、求めないことは恥である」ということわざがあり、日本には「聞く(求めること)は一時の恥、聞かぬ(求めないの)は一生の恥」ということわざがあります。

ヨハネは「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです(Ⅰヨハ5:14-15)」と言いました。

神のみことばは、究極的に次のように語ります。「地の果て果てもみな、思い起こし、主に帰って来るでしょう。また、国々の民もみな、あなたの御前で伏し拝みましょう。まことに、王権は主のもの。主は、国々を統べ治めておられる(詩22:27-28)」。何とワクワクする挑戦であり、祝福でしょうか!

どのように生きるのか、また、とりなしをするかしないかによって、私たちはこの宇宙規模の戦いの最終結果に直接影響を与えているのです。

神は上記のように、この世界でアマレクの霊に勝利し、すべての人々が神を認め礼拝するようになると約束されました。その一方で神は、イスラエルに「アマレクの記憶を天の下から消し去るように」とも語られました。「あなたの神、主が相続地としてあなたに与えて所有させようとしておられる地で、あなたの神、主が、周囲のすべての敵からあなたを解放して、休息を与えられるようになったときには、あなたはアマレクの記憶を天の下から消し去らなければならない。これを忘れてはならない(申25:19)

それより2節前で神は民に「あなたがたがエジプトから出て、その道中で、アマレクがあなたにした事を忘れないこと(申25:17)」と命じています。ラビ・リスキンは「どのようにしてユダヤ人は、アマレクのしたことを忘れない一方で、アマレクの記憶を消し去ることができるのだろうか」と尋ねました。それはアマレクを全滅させることによってではなく、アマレクを改宗させてあわれみ深い正義と道徳的公正に歩ませ、唯一真の神に従わせることによってです。その時に、アマレクがかつて神に逆らった態度の記憶は完全に消し去られ、忘れ去られるのです。

神は地上のすべての国の中から、ユダヤ人国家を神の特別な民として選ばれました。その目的は神のみことばに書かれています。「わたしが彼を選び出したのは、彼がその子らと、彼の後の家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公正とを行わせるため、主が、アブラハムについて約束したことを、彼の上に成就するためである(創18:19)」。神は、彼らが神のご品格を反映させることで祭司の王国、聖なる国民となり、地上のすべての家族を祝福するように(創12:3)と命じられました。皆さんがイスラエルの神を信じ、世界を変革する神の使命に献身しているのであれば、神の栄光を輝かせる生活を送って、国々を求めましょう。

最終的な結果は決まっています。神は、最終的なあがないを成し遂げられ、すべてのものを神との正しい関係へと回復されます。しかしそこに至るまでの過程は、私たちが積極的に、進んで神の御国を現実のものにしようとするかどうかに大きく掛かっているのです。

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