文:イルゼ・ストラウス(BFP教育部長)
イスラエル――それは神の誠実さを証しする国です。
神は歴史を通してイスラエルへの約束を果たしてこられました。
それを知る時、私たちはこの方こそ真の神だと知るのです。
Photo by Stock Holm/shutterstock.com150年ほど前、ドイツの皇帝ヴィルヘルム2世が宰相ビスマルクに「神の存在を証明せよ」と求めた有名な逸話があります。ビスマルクは間髪をいれず、「陛下、それはユダヤ人の存在です」と答えたそうです。
今日のユダヤ民族、とりわけユダヤ人国家は、かつてないほど神の存在を証ししています。この国家は奇跡的な復興を遂げ、今も存続し続け、信じられないほどの繁栄を遂げています。この小国とその民は、神がご自分の本性(ほんせい)に忠実であられること、神のことばは絶対であり、どれほど時間が掛かっても約束を果たすことを諸国民に宣言するシンボルとなっているのです。
この重大な宣言は、聖書の約束という揺るぎない基盤に根差しています。預言者たちは、何千年も後にユダヤ民族に起こる出来事の数々を示しました。こうして諸国民は、主なる神が「わたしは後のことを初めから告げ、まだなされていないことを昔から告げ、『わたしの計画は成就し、わたしの望むことをすべて成し遂げる』と言う。……わたしは語って、それを来たらせ、計画を立てて、それを実行する」(イザ46:10〜11)と宣言される方であることを知るのです。
では、旧約聖書の預言者たちを通して啓示された重要な出来事を探っていきましょう。
約束の地の権利証書
神は、後にユダヤ人の父と称される人物にご自身を現され、一連の約束をされました。そのアブラハムから、神はご自分の民を生み出され(創12:2、申7:6)、その子孫であるユダヤ人の歴史、神との関係、預言者、数々の書巻を通して諸国民にご自身を示されました。
Illustration by Roger Casco/Pixabay神はまた、ナイル川からユーフラテス川に至るカナンの地をアブラハムの子孫に相続地として与えると約束されました(創13:14〜17、15:18)。この約束は人間によらず、神ご自身が結んだ無条件契約(創12:1〜3、15:17〜21、17:7〜8)によって確かなものとされました。
さらに神はアブラハムに、子孫がエジプトで奴隷となり、その苦難が400年間続くこと(創15:13)、その後エジプトに裁きを下し、4世代後のイスラエルの民が多くの財を伴ってエジプトから解放されることを明らかにされました(創15:14、16)。この約束はいずれも完全に成就しています。
地の四隅へ
エジプトを出て40年後、元奴隷からなるこの民族は約束の地の入口に立っていました。モーセは指導の任をヨシュアに譲り渡す前に、反逆と偶像礼拝について預言しました(申32:15〜21)。その罪には罰が伴うことが神によって定められました。「地の果てから果てまでのあらゆる民の間にあなたを散らす……」(申28:64)
悲しいことにイスラエルの歴史は、霊的な不誠実さ、懲らしめ、悔い改め、回復を繰り返します。「北イスラエル王国が捕囚される」というアモスの預言は(アモ5:27、6:14、7:17)、アッシリアがイスラエルを征服し、民を散らした時に成就しました。続いて「南ユダ王国が捕囚される」(エレ16:13、21:10)という定めは、神がソロモンに警告した通り(Ⅱ歴代7:19〜22)、バビロンによってエルサレムと第一神殿が滅ぼされた時に成就しました。
しかし、誠実な神は、ペルシア王キュロスを用いて残りの民を約束の地に帰還させます(イザ6:11〜13、44:28、エズ1章)。それでもなおイスラエルは同じ罪のサイクルを繰り返し、エルサレムと神殿は再び破壊され(マタ24:2、ルカ19:43〜44)、ユダヤ民族は地の四隅に散らされ(レビ26:33〜34、エゼ12:15)、異邦人の間で迫害され弾圧されました(レビ26:36〜39)。
地の四隅から
2千年以上もの間、ユダヤ人は自分たちを散らされた神が再び祖国に連れ帰ってくださるという確信にしがみついてきました。旧約聖書には、神が無条件契約により相続地として与えると誓った地にアブラハムの子孫を連れ帰るという約束が、60箇所以上に出てきます(イザ11:11〜12、エゼ11:17、36:24、ゼカ10:9〜10など)。
エチオピアから帰還したユダヤ人Photo by Keren Hayesod
ユダヤ人の祖国帰還は19世紀後半に始まりました。それは、まさに「地の四隅」(イザ11:12)からの帰還でした。
さらに神は、驚くべき方法でイスラエルを再生させることも約束されました。「地は一日の苦しみで産み出されるだろうか。国は一瞬にして生まれるだろうか」(イザ66:8b)。神が定められた時は1948年5月14日に訪れます。神のことばどおり、それは一日のうちに起こりました。
神が定めた祖国
神は「イスラエルを守る方」(詩121:4)と呼ばれます。ユダヤ人は聖書時代から存続する数少ない民族の一つです。イスラエルは世代を超えて守られてきたのです。
神はそのことばどおり、祖国に帰還したユダヤ人を守り続けました。1967年の六日戦争前夜、イスラエルは公共の公園を集団墓地として準備するほど、見通しは厳しく深刻でした。その6日後、世界は驚愕(きょうがく)します。軍事専門家たちは、イスラエルが予想に反して勝利したことを説明できませんでした。しかし、イスラエルの当時の国防大臣モシェ・ダヤンは知っていたのです。戦いに勝利した翌朝、ダヤンは詩篇118篇23節を記した紙片を西壁に差し込みました。「これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ」
イスラエルの国土は中東のわずか0・2%です。対する22のアラブ国家は、その640倍の面積を持ち、60倍の人口を誇ります。イスラエルの奇跡的存続の秘訣(ひけつ)はどこにあるのでしょうか。「主であるわたしは変わることがない。そのため、ヤコブの子らよ、あなたがたは絶え果てることはない」(マラ3:6)。神がイスラエルを守っておられます。
荒廃から豊かさへ
1867年にオスマン帝国支配下の中東を訪れた著述家マーク・トウェインは、約束の地が「無人の荒野」と「赤茶けた不毛の丘」の他、何もない荒涼とした荒れ地になっていると嘆きました。
トウェインが今日のイスラエルを見たら、どのように描写するでしょうか。豊かな農産物、点滴灌漑(かんがい)システムと温室技術の驚異について語るかもしれません。この地にいったい何が起こったのかと不思議に思う人もいるでしょう。
答えは簡単です。神がそう約束されたからです。神は、ユダヤ人が祖国イスラエルに帰還する時、イスラエルの「すべての廃墟を慰めて、その荒野をエデンのようにし、その砂漠を主の園のようにする」(イザ51:3b)と約束されました。荒れ果てていた土地は「芽を出し、花を咲かせ、世界の面を実で満たす」(イザ27:6b)のです。アモス書9章とエゼキエル書36章は、ブドウ畑や園、その産物などについて語っています。
歴史家たちは約束の地を「農業の奇跡」と呼びました。確かに奇跡です。しかし、究極的には、誠実な神が余すところなくご自分の約束を果たした証しなのです。
驚くほどの繁栄
目覚ましい発展を遂げたイスラエルPhoto by Boris-B/shutterstock.com
この20年余りでイスラエルは、イノベーションと起業の世界的大国へと変貌を遂げました。この目覚ましい成長とは裏腹に、イスラエルは理想とは程遠い状況下で発展しました。
ユダヤ人が帰還した土地は、2千年もの間荒れ果てていました。都市はおろか、教育や医療制度のような社会基盤もなく、経済も機能しておらず、近隣諸国はイスラエルとの貿易に消極的でした。
圧倒的不利な状況の中で、イスラエルの繁栄は驚くべきものです。今日このユダヤ人国家は、イノベーションと研究開発における世界的リーダーであり、技術系スタートアップ企業の最大拠点の一つと考えられています。
その背景にあるのは神の誠実さです。「わたしは彼らをわたしの喜びとし、彼らを幸せにする」(エレ32:41a)。「木の実と畑の産物を増やす」(エゼ36:30a)。「わたしの町々は再び繁栄で満ちあふれる……」(ゼカ1:17/NASB聖書からの直訳)。神はみことばに誠実であられます。
イスラエル、そして私たちへ
預言者が預言した時代を経験する世代として、神は私たちを選ばれました。そのことに畏敬の念を覚えます。アブラハム、イサク、ヤコブの子孫に語られるメッセージは、私たちにとっても大きな慰めです。
古代の預言は今この時代に成就し、イスラエル史に織り込まれています。こうして私たちは、神はイスラエルに対してはもちろんのこと、私たちに対しても誠実で信頼できる真実な神なのだと知るのです。
神は相手が愛に値(あたい)しようとしまいと、激しく愛される方です。どれほど遅くなろうと、どれほど不可能に見えようと、ご自分のことばを成就されます。決して私たちを忘れず、注意を怠らず、愛を取り消さず、私たちを見捨てない神に、私たちは顔と顔とを合わせてまみえるのです。
神は、イスラエルの希望、夢、約束を御手の中に握り、誠実に実現させてくださいました。同様に、私たちの希望、夢、約束も御手の中に握っておられます。神がイスラエルと私たちに立てている計画と目的を成し遂げられる間、私たちは安心して神の御手に委ね、主に目を注ぎ続けることができるのです。イスラエルの物語はそのことの証しです。
















