ティーチングレター

神の御名

文:ドナルド・ジェームス(BFPカナダ暫定局長)

神は、約束されたことを必ず成就されます。
それは、私たち人間がその約束にふさわしいからではありません。
それは「神の御名」のためです。

クリスチャンとユダヤ人が共有する壮大な物語――それは揺るぎない愛、そして破棄されることのない契約の物語です。私たちの世代はその契約の実現の目撃者です。契約に対する神の誠実さと揺るぎない愛は、唯一真の神の御名に象徴されています。

神の御名が意味するもの

誰であっても自分の名前を汚されたくはありません。無実の罪を着せられた人の苦痛を考えてみてください。どれほどつらいことでしょう! 今日、イスラエルとユダヤ人の名は悪評を浴びています。イスラエルは戦争犯罪という汚名を着せられていますが、実際の戦争犯罪者はイスラエルの敵のほうです。しかし、ユダヤ人がぬれぎぬを着せられるのは今に始まったことではありません。

神はご自分の名前と評判を重く受け止めておられます。イザヤ書48章9節で神は次のように言われました。「わたしの名のために怒りを遅らせ、わたしの栄誉のためにそれを抑えて、わたしはあなたを断ち滅ぼさなかった」。神がイスラエルを滅ぼさないのは、ご自身の栄誉を保つためなのです。

ダニエルは、神の「御名」を守るために神の町と民を救ってくださるよう願いました。「……私の神よ、あなたご自身のために、遅らせないでください。あなたの都と民には、あなたの名がつけられているのですから」(ダニ9:19

イスラエルのオリーブの木 Photo by Brownsea/Pixabay

エゼキエル書36章は、神の御名と評判に対する神の熱烈な関心を示す典型的な聖句です。イスラエルの民とエゼキエルが捕囚の地にいた時、神は預言者エゼキエルを通してイスラエルの山々に向かってこう語り掛けました。「だが、おまえたち、イスラエルの山々よ。おまえたちは枝を出し、わたしの民イスラエルのために実を結ぶ。彼らが帰って来るのが近いからだ」(エゼ36:8

この預言の背景にあるのは、申命記30章1〜6節にある「従順になり神に立ち返るなら、イスラエルを捕囚の地から帰還させる」という約束です。一方で、エゼキエルを通して語られたのは、神は民が従順になるのを待たずに動き出すということです。待っていたら、いつまでかかるか分からないと考えたからでしょう。約束された地へのユダヤ人の帰還は、唯一真の神がその指揮を執っておられることを証明しています。

私たちは物語の結末を知っています。光と闇の戦い、すなわちイスラエルの神に歯向かう敵(神々)との戦いは、再臨のイエスが聖地を攻撃する者たちを完全に打ち負かして終わるのです(ヨエ3章、ゼカ12章、黙16:16)。

神の御名とは何か?

次に、神の御名が実際どのようなものか、より詳しく見ていきます。聖書には神の御名が数多く記されています。中でも神の本性(ほんせい)を表す中心的かつ個人的な御名があります。

それは有名な出エジプト記3章に出てきます。燃える柴を前にしてモーセは神と対話し、「私を遣わした神の御名を民が聞いてきたら、何と答えればよいのでしょうか」と尋ねました。神は「わたしは『わたしはある』という者である」(出3:14)と答えます。

神はご自身の固有の名前を「これが永遠にわたしの名である。これが代々にわたり、わたしの呼び名である」(出3:15)と明らかにされました。ヘブライ語では「י」「ה」「ו」「ה」で、しばしばヤハウェ(YHWH)と訳され、神聖四文字(tetragrammaton〈テトラグラマトン〉)と呼ばれることもあります。聖書のヘブライ語には母音が記されていないため、母音を仮定して「ヤハウェ」と呼びます。ユダヤ人にとってはあまりにも神聖な名であるため口にすることはなく、聖書に出てくる際は「アドナイ」「ハシェム」(御名)と置き換えています。

神の本性を示す神の御名

山の上にとどまるモーセ Photo by biblepics.com

「わたしはある」ということばは圧巻ですが、不可解で神秘的でもあります。その意味は、出エジプト記34章で神ご自身が解き明かされます。場面は、イスラエルの民がシナイ山で神との力強い出会いを体験してからわずか数時間後、再び偶像礼拝と不従順に陥った時のこと。モーセが長い間山の上にとどまっていたため、イスラエルの民はアロンに偶像を要求します。アロンが偶像をつくると、民は金の子牛の偶像の周りで乱痴気(らんちき)騒ぎをしました。

神が、ご自分の臨在なしにイスラエルの民を約束の地へ行かせるとおっしゃった時、モーセは次のように神に嘆願しています。「私とあなたの民がみこころにかなっていることは、いったい何によって知られるのでしょう。それは、あなたが私たちと一緒に行き、私とあなたの民が地上のすべての民と異なり、特別に扱われることによるのではないでしょうか」(出33:16

神がそれを聞き入れられたため、喜んだモーセは「あなたの栄光を私に見せてください」と願いました。神はモーセを岩の裂け目に隠し、その前を通り過ぎる時、次のように宣言されます。「……『主、主は、あわれみ深く、情け深い神。怒るのに遅く、恵みとまことに富み、恵みを千代まで保ち、咎と背きと罪を赦す。しかし、罰すべき者を必ず罰して、父の咎を子に、さらに子の子に、三代、四代に報いる者である。』」(出34:6〜7

ラビたちは、この神ご自身の説明を「神のあわれみの13の特質」と名付けました。神の本性には、確かに多くのあわれみが見られます。

「神のあわれみの13の特質」の表

この特質のリストは、部分的なものも含めるとタナハ(創世記〜マラキ書)に少なくとも8回は登場します。この特質こそ、神によるご自身の説明です(民14:18、ネヘ9:31、詩86:5、103:8〜11、145:8〜9、ヨナ4:2参照)。つまり、このリストは、ヤハウェ(わたしはある)という不可解な名前に込められた意味を伝えているのです。

この13のあわれみの特質リストに2回出てくるヘブライ語が、「ヘセド」です。新改訳聖書では「恵み」などと訳され、出エジプト記34章6〜7節にも2回登場します。興味深いことです。ヘセドということばはタナハに246回登場し、ほとんどの場合、神の本性を説明するために使われています。膨大な回数です。

ヘセドが同じ言葉で訳されていないため、繰り返し使われていることに気付かない人もいるでしょう。ヘセドは、あわれみ、恵み、いつくしみとも訳され、時には契約に対する忠実さと訳されることもあります。特にヘセドが「真実の愛」と訳されている時、このことばの重要性が目を引きます。かつて私は、聖書で「ヘセド」が使われている箇所すべてに線を引いたことがあります。特に詩篇ではその数に圧倒されました。私はこれを「神のニックネーム」と呼びたくなります。

ヘセドと契約

忠実でない相手との契約を守るには、類まれな人格が求められます。赦すことに対する揺るぎない意志と、継続的に愛する決意が必要です。それがヘセドです。

ひと昔前の高名な聖書学者ジョン・ブライトは次のように述べました。「ヘセドという言葉を正確に訳すことはできない。英語の聖書で使われている訳語はほとんど不正確である。この言葉は契約の概念と深く結び付いている。この言葉が神について使われる場合、ほぼ『恵み』と同義に近い。イスラエルを契約へと招き入れた神の好意、そして取るに足りない彼らに示された、神の揺るぎない愛を指す。人について使われる場合は、恵みへの適切な応答、すなわち契約を守られる神への完全な忠誠と、神の御心への服従を意味している」

次の四つの聖句は、ヘセドと契約のつながりを明らかにしています。

もしあなたがたがこれらの定めを聞き、これを守り行うなら、あなたの神、主は、あなたの父祖たちに誓われた恵みの契約をあなたのために守り」(申7:12

ああ、天の神、主よ。大いなる恐るべき神よ。主を愛し、主の命令を守る者に対して、契約を守り、恵みを下さる方よ」(ネヘ1:5

私たちの神、大いなる神よ。力強く恐るべき方、契約と恵みを守られる方よ」(ネヘ9:32a

主は彼らのためにご自分の契約を思い起こし 豊かな恵みにしたがって 彼らをあわれまれた」(詩106:45

わたしの聖なる御名のために

神の御名、「YHWH」の話に戻りましょう。この名には神の本性と契約が含まれています。神が現在もユダヤの民をイスラエルに帰還させているのは、ご自身の「聖なる名のため」(エゼ36章)です。ユダヤ人の行状にかかわらず帰還させることによって、神は契約を守られる方であること、ご自分が唯一真の神であることを実証しておられるのです。

加えて驚くべきことに、私たちは神の約束の実現に参与できるのです。エゼキエルは、民がイスラエルの山々に帰ってきた後、神は「きよい水」を振りかけると語りました。そして民に新しい心を与え、新しい霊を与えると付け加えています(エゼ36:25〜26)。

BFPは、支援プログラムを通じて貧しいイスラエル人を支えてきました。その支援は、長年の国外追放と迫害で渇き切ったたましいを潤しています。私たちは、神のあわれみのご性質、とりわけ神の恵みを実践し、神のきよい御名を聖なるものとする働きに参加しているのです。

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