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イエスの誕生

文:レベッカ・J・ブリマー(BFP国際会長)

世の光であるイエス・キリストの降誕は、この世界に大きな変革をもたらしました。
改めてその降誕にまつわる出来事について振り返ってみましょう。

Photo by Gerd Altmann/Pixabay

イエスの誕生はキリスト教史上唯一にして最大の出来事です。クリスマスを始め、キリスト教会の伝統行事に異教的要素が含まれていることを心配する方もいますが、世界中の多くのクリスチャンはクリスマスを祝います。

聖書は五つの章(マタ1〜2章、ルカ1〜2章、ヨハ1章)を割いてこの出来事の背景を説明し、預言者たちも御子の誕生にまつわる出来事を預言しました。ですから、クリスマスの重要性は明らかです。興味深いことにグレゴリオ暦でさえイエスの誕生から年を数え始めています。クリスマスは、天の軍勢がイエスの誕生を証しした時と同様に、畏敬の念をもって祝うにふさわしい日です。イエスの降誕について、みことばや伝統から分かることを見ていきましょう。

時期

イエスの誕生を祝う時期は教派によって違います。誕生した日は聖書には記されていません。ほとんどの教派は12月25日に祝い、東方教会の中には1月6日に祝うところもあります。

ブリタニカ百科事典にはこう記されています。「AD336年(コンスタンティヌス帝の治世)、ローマの教会は12月25日を正式なクリスマスの祝日とした。この日を選んだのは、コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認したことで、既存の異教の祭典を弱体化する政治的意図があったと推測されている。……クリスマスがキリスト教の主要な祭りとなったのは9世紀に入ってからである」

12月25日はサトゥルヌス神を祝う異教の祭日でした。ただし、当時のクリスチャンが異教の神々への礼拝とイエスの誕生への崇敬を結び付けていた証拠はありません。ローマ社会の監視下にあったクリスチャンたちが、ひそかに重要な出来事を祝うための方策だったのかもしれません。ご存知のように、クリスチャンはローマの支配下で迫害されていました。

リック・ランサー著『PinpointingtheDateofChrist'sBirth』(正確なキリストの誕生日時)には次のように書かれています。「この研究では、メシアであるイエスがBC6年のニサンの月1日(3月20日)の安息日の夜に生まれたという説を強く支持してきた。……ニサン1日は、神がシナイで最初にイスラエルと幕屋を共にした日であり、人として生まれた神の御子が人類と幕屋を共にするのにふさわしい日でもあった」

もう一つの説は、スコット(仮庵の祭り)の期間にイエスが誕生されたというものです。これはヨハネの福音書とも一致します。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた」(ヨハ1:14)。「住む」と訳されたギリシア語は「幕屋を張る」と訳すこともできます。

しかし、イエスが来られたという事実に比べれば、生まれた時期は重要ではありません!

誕生

ルカは、宿屋に部屋がなくイエスは飼い葉桶に寝かされたと伝えています。この一文から長い間悪者扱いされてきた宿屋の主人ですが、実は問題を解決した英雄かもしれません。聖書によると、住民登録をするために全住民が祖先の故郷に行かなくてはなりませんでした。ベツレヘムは小さな村で、どこもかしこも人であふれ、どの家も遠くから来た親戚を受け入れていたことでしょう。

1世紀の宿屋は現代のホテルと違い、大部屋が一室あるだけでした。客たちは日中そこで食事をしたり訪問を受けたりし、夜には各自の寝具を広げて大人数で眠りにつきます。宿屋の主人は出産直前のマリアを一目見て、客間に通すのは無理があると思ったのかもしれません。イエスの誕生に備え、マリアとヨセフのために2人だけの暖かな場所を見つけてくれました。ちなみに、そこは木造の馬小屋ではなく洞穴です。飼葉桶は石をくり抜いたものだったと言われています。

もう一つの説では、そこは宿屋ではなかった可能性もあります。ルカが使った「カタルマ」というギリシア語は大きな家の客間と訳すこともできます。

重要なことは、イエスが預言者ミカの預言どおり(5:2)、ベツレヘムで生まれたということです。

羊飼いと御使いたち

羊飼いは社会の最下層に位置し、悪臭がするため誰も近付かなかったと言われてきました。それも事実かもしれません。しかし、イエスを最初に訪問する者として選ばれた羊飼いは、神殿の犠牲の羊を育てる特別な資格のある羊飼いだった可能性があります。ベツレヘムはエルサレムにほど近く、野原に囲まれた小さな村でした。ユダヤ教の文書によると、犠牲として捧げられる羊は、ベツレヘム近郊で飼育されました。子羊は全く欠陥の無いものでなければならず、羊飼いは通常よりもはるかに厳格な管理が求められました。犠牲となる子羊を検査していた羊飼いたちがイエスに会いに来たとしたら、素晴らしいことです。

Photo by Gerd Altmann/Pixabay

救い主の誕生を告げる御使いの訪問を受けることも、何と素晴らしいことでしょう。聖書には御使いの告知と多くの天の軍勢が神を賛美したとあります。「すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。御使いは彼らに言った。『恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。』」(ルカ2:9〜11)。「すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。『いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。』」(ルカ2:13、14

東方の博士たちとは

私は、アジア人の3人の博士がいたと聞いて育ちました。聖書には東方の博士たちと記されていますが、どこの国から来たかは明記されていません。また、3人だったとも書かれていません。贈り物が三つだったので3人だったと考えられていますが、もっと多くの博士たちが3種類の贈り物を持ってきた可能性もあります。確かなことは分かりません。

ヘブライ語で「博士たち」はハハミームと言います。ユダヤ人作家バーバラ・ビンダー・カデン氏は次のように述べています。「ハハミームは『賢者』と訳すこともできます。また、ハハミームは通常タルムード(ユダヤの伝統や旧約聖書に関するラビの注解書)のラビを指します。ハハミームはハハムの複数形で、知恵を意味するヘブライ語の語根(ヘット-ハフ-メム)から派生しました」

もしかしたら東方の博士たちとは、博識なトーラー(モーセ五書)の学者か、ペルシアの賢者たちだったのではないでしょうか。バビロンやペルシアはイスラエルの東に位置します。エズラとネヘミヤがバビロンからユダヤ人を帰還させた時、帰還したのは5万人ほどに過ぎず、それ以外の人々は捕囚の地に残りました。バビロンがペルシアに征服された後も数百年間、多くのユダヤ人が住んでいました。その地域のユダヤ人賢者の一部は、後にバビロニア・タルムードと呼ばれるタルムードを編纂(へんさん)しています。

イエスの家族はモーセ五書を順守していた

Lawrie Cate/flickr.com

ルカは、マタイが割愛したイエスの両親の信仰生活を明らかにしています。マタイはユダヤ人に向けて書き、ルカはギリシア人に向けて書いたことが要因かもしれません。

ルカは2章21〜24節でイエスが8日目に割礼を受け、マリアがその後33日間きよめの期間を守ったと伝えています。さらに、初子の男子が特別な意味を持つことにも言及し、「山鳩一つがい、あるいは家鳩のひな二羽」を捧げるために両親が神殿に上ったと記しました。2人はレビ記12章2〜8節にある律法を実行したのです。これらの詳述から、イエスの家族がトーラーのすべての命令を守るユダヤ人であることを読者に理解させています。また、子羊ではなく安価な2羽の鳥を捧げたことから、当時2人は貧しかったことも分かります。

ベツレヘムかナザレか?

ルカの福音書2章39節はこの話を要約し、「両親は、主の律法にしたがってすべてのことを成し遂げたので、ガリラヤの自分たちの町ナザレに帰って行った」と締めくくりました。イエスの誕生の約40日後、一家はベツレヘムとエルサレムを離れナザレに帰りました。この時点では、まだ東方の博士たちからの高価な贈り物を受け取っていません。

伝統的に、博士たちはベツレヘムに行ったとされていますが、ナザレに行った可能性もあります。ベツレヘムとされているのは、ヘロデが博士たちに「メシアはベツレヘムで生まれると書いてある」と言ったためです。しかし聖書には「博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。……」(マタ2:9〜11)とあります。博士たちはヘロデの言葉ではなく星に従ったのです! そして馬小屋や洞窟ではなく、家にいるイエスを見つけました。

続けて聖書は「彼らは夢で、ヘロデのところへ戻らないようにと警告された」と伝えています。被害妄想の強かったヘロデは、正当なユダヤ人の王が現れる脅威を取り除こうと、ベツレヘムとその近辺の2歳以下の男の子を一人残らず殺してしまいました。

適用

私が大切だと思うことは、神がこの傷ついた世界にご自分の御子を遣わされたほどにこの世を大切に思われたということです。御子は無垢(むく)な赤子としてこの世に来られました。その誕生は奇跡的な方法で告げられ、家族は神とトーラーを重んじるユダヤ人でした。御子の誕生は父なる神と天の軍勢にとって重大な出来事でした。伝統や異教の影響に気を取られるあまり、受肉に見られる聖書の真理を見逃さないようにしたいと思います。それぞれが望む時期にクリスマスを祝いつつ、イエスが来られたという事実から目を離さないでいましょう。

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