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神の勇士ギデオン -前編-

TEXT:ジャネット・アスリン(BFPスタッフライター)

神の勇士の一人、ギデオンの生涯とその時代から学びを深めてまいりましょう。

ギデオンの召し

ギデオンはヨアシュの末子で、マナセ族のアビエゼル氏族に属していました。ギデオンという名前は聖書的ヘブライ語で「(木などを)切る人」という意味です。これは切り倒すとか二つに切る、また伐採することを意味するガダァという動詞から派生しています。ギデオンは、神の民のリーダーとして選ばれそうもない人物に見えましたが、主の選びは、人間の選びとは異なっています。伝統的なユダヤ教の出典に基づく翻訳「ザ・リビング・ナハ(預言書と諸書)」の脚注には「救いは、力、年齢、知恵によるものではなく、みことばによるものであることを示すために、神はしばしば一番若い者を選ばれる」と書かれています。

ミデヤン人の度重なる攻撃により、
脱穀の量が限られていたとも考えられる

士師記にはこれに続いて、ギデオンが「ミデヤン人からのがれて、酒ぶねの中で小麦を打っていた(士師6:11)」とき、「主の使い」が訪れたと書かれています。麦打ちは通常、酒ぶねのような風が通らない場所でなく屋外の広い場所で行われるものです。ギデオンは臆病だったので隠れて麦打ちしていたと解釈できなくもありませんが、この物語全体を読むと、そうとも言えません。彼は、イスラエルの直面していた状況に則した行動を取っていた、すなわち、脱穀をする麦の量が限られていたことを示していたとも考えられます。

ギデオンの性格については、ネルソン図解入り聖書辞典に「マナセ族は勇敢さで知られていた」と書かれています。これは御使いがギデオンに対して掛けた「勇士よ。主があなたといっしょにおられる(士師6:12)」というあいさつとも一致しています。ギデオンは御使いのことばに逆らわず、「もし主が私たちといっしょにおられるなら、なぜこれらのことがみな、私たちに起こったのでしょうか」と質問しました。ギデオンの「なぜですか」という質問に答える代わりに、主は彼に向かって言われました。「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」(6:14)そこで、ギデオンは再度質問をしました。「ああ、主よ。私にどのようにしてイスラエルを救うことができましょう。ご存じのように、私の分団はマナセのうちで最も弱く、私は父の家で一番若いのです。」(6:15)

なぜ神は御自分の民が苦しみに遭うのを許されたのか。部族のうちで最も弱い分団の一員にすぎない自分が、どのようにイスラエルを救うことができるのか……と、ギデオンの質問は切実でした。しかし、主はこの質問には直接答えられず、ただ「わたしはあなたといっしょにいる(6:16)」とだけ言われました。主は私たちの「なぜ」とか「どうやって」という質問にはお答えにならないことがあります。しかし、必ずご自身の臨在を保証してくださるのです。

ギデオンの応答

この神の使いは誰だったのでしょう。「さて主の使いが来て(士師6:11)」と書かれていますが、この「御使い」についている冠詞は不定冠詞ではなく定冠詞です。これは神性を意味しています。14節と16節でこの御使いが「主」と呼ばれていることも、このことを裏付けています。この「主」と言う言葉に使われているヘブライ語は、口にできない神の御名ヨッド・ヘイ・バブ・ヘイで、よくヤハウェと訳されています。

ギデオンはこの出会いにどのように応答したでしょうか。ギデオンは二つの祭壇を築きました。

最初の祭壇―ギデオンは、自分の捧げ物が受け入れられるまで、この天からの訪問者が誰か分からなかったようです。肉と種を入れないパンを置いた岩の上から炎が上って御使いが消えた時、初めて神と出会った事を知りました。おそれつつギデオンは「ああ、神、主よ。私は面と向かって主を見てしまいました(士師6:22)」と叫びました。「主が彼に安心を与えた(6:23)」後、ギデオンは祭壇を築き、それを「アドナイ・シャロム(6:24)」と名付けました。これは神が現れた時、アブラハムやヤコブが祭壇を築いたことと似ています(創世12:7、35:7)。

二番目の祭壇―その同じ夜に主は、ギデオンの地元の町オフラの中心地にあるバアルの祭壇について具体的な指示を与えられました。ギデオンは父の七歳の雄牛を取り、異教の祭壇を打ち壊さなくてはならなかっただけでなく、さらにその祭壇のそばにある木の偶像、アシェラの柱を切り倒さなくてはなりませんでした。そしてこれを成し遂げた後、非常に目立つ場所に新しい祭壇を立てました。

準備 従順

ギデオンは神に従いました。バアルの祭壇を打ち壊し、アシェラの柱を切り倒すのは、相当の勇気が要ったに違いありません。いずれにしてもギデオンは末子であり、「父の家で一番若かった(士師6:15)」のです。ギデオンが父の家の者や、町の人々を恐れて日中にそれをしなかったと書かれているのを見て、おそらく彼は臆病であったと思われるでしょう。しかし、これを別の見方で見ることもできます。神がギデオンに語られたのは夜だったので、恐れていたにもかかわらずギデオンはすぐに従って「その夜のうちに」祭壇を打ち壊したのかもしれません。

次の朝、町の人々がギデオンのしたことを知った時、彼を引き出して殺せと言いました。その時ギデオンの父ヨアシュが介入し、「もしバアルが神であるなら、自分の祭壇が取りこわされたのだから、自分で争えばよいのだ(6:31)」と言いました。バアルの神が何もしないことを見て取り、人々の意見の風向きが変わりました。そして人々はギデオンを新しい指導者として全面的に支持するようになりました。その日ギデオンは2番目の名前をもらいました。彼の父はギデオンをエルバアルと呼んだのです。これは「バアルは自分で争えばよい(6:32)」と言う意味です。

主はギデオンを農夫として麦を打つ役割から、一歩ずつ一族の指導者としての階段を上らせました。その節目ごとに、ギデオンは神が言われたことを信じて応答する道を選んだのです。準備の期間の最初には、神との個人的な出会いが必要です。個人的に神と「一緒に仕事をする」ことなしに人間の指導者となることはできないのです。ギデオンはテストに合格し、次のステップへの準備が整いました。

戦いに備える

神の御声を聞いた後、ギデオンは指導者の地位に就きました。「主の霊がギデオンをおおった(士師6:34)」時、ギデオンは角笛を吹き鳴らして近隣のアシェル、ゼブルン、ナフタリ族を集めるために使者を遣わし、ギデオンの率いるマナセ族に戦いに備えて加わるよう呼び掛けました。使者が出発した後、ギデオンは二番目のしるしを神に求めました。ギデオンは当時の文化の中で簡単に手に入る羊の毛を取り、自然法則とは異なることを求めました。一晩地面に置いた羊の毛の上にだけ露が降りていて、土全体が乾いていることを求めたのです。そしてこの通りのことが起こると、次の夜ギデオンはこれとは逆に羊の毛だけが乾いていて、土全体には露が降りているように求めました。恵み深い神はここでもギデオンの願いに応えました。

このようなしるしに特別な意味があったのでしょうか。注解書にはさまざまな解釈が書かれていますが、私はむしろこのしるしが明らかにした神のご性質について考えました。神はご自身が言ったことを本当に実行すると証明する必要はありませんでした。しかし神は確認を求めるギデオンに応えてくださったのです。神は、私たちの弱さ―私たちがどのようなものであるかをご存知です。個人的にも、私はいつも神から慰めを受けます。実際、神は、私がどのようなものかを知っておられ、私がしばしば確認を必要としていることをご存知です。「父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。主は、私たちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。」(詩篇103:13-14)

羊毛のしるしには神のあわれみ深い
ご性質があらわれている

さらに聖書には、困っている私たちを、神が見捨てることはないと励ましが約束されています。「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」(イザヤ41:10)

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