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ティーチングレター

信仰と行い -後編-

TEXT:レベッカ・J・ブリマー(BFP国際会長)

先月は、「恵み」と「行い」の関係性を学びました。後編では、「信仰」と「行い」について、イエス、パウロ、ヤコブ、ヨハネの言葉から学びます。

神学的見直し

私は最近、ブランダン・ロバートソンという方が書いた「弟子たちが(ほとんど)一度も真剣に考えたことのないイエスの4つの教え」というブログを見つけました。彼の書いたものはこれ以外に読んだことはありません。彼を個人的に知っているわけでも、評判を聞いたことがあるわけでもありませんが、そのブログを読んだとき、真理を探究する姿勢を感じました。その中でロバートソンはいくつかの興味深い指摘をしています。まず私たちの教義は、聖書の教えに従う、バランスの取れたものでなくてはならないこと。信仰のみに偏っても、行いのみに偏ってもならないということです。以下に彼のブログから少し引用してみます。

「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。」(マタ7:21)

「四福音書に書かれている最もはっきりした教えの一つに、神の御国に入るためにはキリストの律法に従って生活しなくてはならないというものがあります。イエスは幾度となく、正しいことを信じているから救われるとか、正しく宗教儀式を行っているから救われると考えている人々を糾弾しました。自分は宗教的で天国にふさわしいと信じている人々に対して、イエスは、その人々の外面的な信仰は神が忌み嫌うものであって、神が望んでおられるのは神の律法に従って公義を行い、誠実を愛し、へりくだって歩む(ミカ6:8)という信仰の行いだと答えられました。イエスはもし神と正しい関係にあると主張しながら、貧しい者や必要のある者、抑圧されている者、社会の片隅に追いやられている者、病のある者、罪深い者……に無関心なら、その人と神の間には何の関係もないと言われました。その人たちが口でどう主張しようが、どれほど宗教的に見えようが、神に従わない者に神の御国を受け継ぐことはできないとイエスは言われたのです。イエスは明確に、神を愛し、隣人を愛することによって『永遠のいのちを受け継ぐ』ことができると言われたのです。現代の多くのクリスチャンが、正しい行いによってではなく、正しく信じることによって救われると思っています。これは根本的にイエスのことばに反するだけでなく、『人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう(ヤコ2:24)』というイエスの弟ヤコブの教えにも反しています。」

クリスチャンはイエスを通して神の救いを頂いています。その次に何が来るのでしょうか。パウロはコリントの人々に次のように言っています。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(Ⅱコリ5:17)パウロは単に内側の変化について語っただけなのでしょうか。それとも私たちの生活習慣や行動にもはっきりした変化が見られると言っていたのでしょうか。パウロは、私たちは皆自分の救いを達成しなくてはならないと言っています(ピリ2:12-16)。私は若いころ、現代の格言やことわざを集めることが好きでした。その一つに「あなたの心の井戸の中にあるものは、あなたの話す言葉というバケツによって汲み出される」という格言がありました。これは、自分が本当に受け入れ、信じていることは、行動や生活習慣を通して明らかになるということです。

私たちは誰も皆、救いの賜物を受けた後、全く変えられた人々を知っています。私は、使徒たちの著述は、信仰と行いの両方が標準的なクリスチャン生活のしるしであることを示していると信じています。

信仰と行い

イエスは「あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい(マタ5:16)」と言われました。また、イエスは一番大切な戒めは何かと尋ねられた時、次のように答えました。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」(マコ12:29-31)

イエスの「隣人を愛する」ということばはレビ記19章18節からの引用です。この箇所を読んで、イエスが国々の裁きについて語ったオリーブ山での教え(マタ24-25章)のことを考えました。イエスは国々の民を二つのグループに分けました。一方は世界の基の置かれる前から選ばれた御国を受け継ぐ民で、もう一方は悪魔とその使いのために用意された永遠の火に入る呪われた民です。これらの基準は何でしょうか。

空腹な者に食べ物を与え、裸の者に着る物を与え、病気や投獄されている者を訪問し、渇いている者に飲み物を与え、旅人に宿を貸したかどうかによってです。この箇所は次のように締めくくられています。「王は彼らに答えて言います。『まことに、おまえたちに告げます。おまえたちが、この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、わたしにしなかったのです。』こうして、この人たちは永遠の刑罰に入り、正しい人たちは永遠のいのちに入るのです。」(マタ25:45-46)

イエスは行いが大切だと教えました。では、パウロが正しい行いについてどう言っているか見てみましょう。

良い行いの大切さについてのパウロの教え

「しかしあなたがたは、たゆむことなく善を行いなさい。兄弟たちよ。」(Ⅱテサ3:13)

「どうか、あなたがたが…主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。」(コロ1:9-11)

「また、すべての点で自分自身が良いわざの模範となり、教えにおいては純正で、威厳を保ち、…私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現れを待ち望むようにと教えさとしたからです。キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。」(テト2:7、12-14)

使徒パウロ RenataSedmakova/shutterstock.com

「あなたは彼らに注意を与えて、支配者たちと権威者たちに服従し、従順で、すべての良いわざを進んでする者とならせなさい。…これは信頼できることばですから、私は、あなたがこれらのことについて、確信をもって話すように願っています。それは、神を信じている人々が、良いわざに励むことを心がけるようになるためです。これらのことは良いことであって、人々に有益なことです。…私たち一同も、なくてならないもののために、正しい仕事に励むように教えられなければなりません。それは、実を結ばない者にならないためです。」(テト3:1、8、14)

ヤコブとヨハネ

ヤコブはヤコブ書2章14〜26節で信仰と行いの相互関係について説明しています。また、ヨハネも次のように述べています。

「もし、私たちが神の命令を守るなら、それによって、私たちは神を知っていることがわかります。神を知っていると言いながら、その命令を守らない者は、偽り者であり、真理はその人のうちにありません。しかし、みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。それによって、私たちが神のうちにいることがわかります。」(Ⅰヨハネ2:3-5)

「…私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行いと真実をもって愛そうではありませんか。」(Ⅰヨハネ3:18)

真理の適用

私はイエスのいのちと死と復活を通して与えられた、救いという恵みの賜物を受け取って、神の子どもと呼ばれるようになりました。しかし神の恵みの賜物とは、長いすに横になって神の愛に浸ることではありません。むしろそれは、生涯にわたる神との旅への招きであり、神が私を招いておられる豊かな人生を生きるために、絶え間なく努力し、正しい生活の鍛錬を受けるということなのです。私は今も、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、救いを達成しようと目標を目ざして一心に走っているのです。大切なことは信仰か行いかではなく、信仰行いです。どうか、主のために、私たちが偉大な信仰によって偉大な行いをなす民となり、私たちを通して神の光が輝き、世界を覆おうとしている闇が引き裂かれますように、主が助けてくださいますように。

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