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ヒゼキヤの祈り

文:ピーター・ファスト(BFP CEO)

ヒゼキヤが南王国ユダの王であった時代、
エルサレムはアッシリア帝国の手に陥る危機に直面しました。
絶体絶命のヒゼキヤが向かったのは、主の元です。
その信仰姿勢から学んでまいりましょう。

Photo by Pexels/Pixabay

紀元前722年、北王国イスラエルがアッシリアの王サルゴン2世に滅ぼされた時、南王国ユダは震えおののいたことでしょう。鎖につながれた捕虜たちが遠くの国に連れ去られ、町々は焼かれ、地面には死体が散乱している……。さらに、かつてイスラエル人が住んでいた地に異邦人の群れが押し寄せてきました(Ⅱ列王17:24)。これは、制圧した他国から捕虜を移住させ、外国の神々を持ち込むという、アッシリア人の常套(じょうとう)手段です。

ヒゼキヤがユダの王に即位したのは、当時の大国アッシリア帝国がサマリアを制圧する6年前のことです(Ⅱ列王18:10〜12)。ヒゼキヤは主に忠実で、高き所から偶像を取り除き、過ぎ越しの祭りも再開しています(Ⅱ歴代30章)。

17年後、サルゴン2世の後を継いでセンナケリブがアッシリア帝国の支配者となりました。エジプトは、この政権交代を自らの王国を増強する好機と見なし、ユダを主要な同盟国と考え、反アッシリア軍を集結し始めます。

大英博物館にある「センナケリブの柱」には、ヒゼキヤの反乱における最初の行動が描かれています。ヒゼキヤはエクロンにある親アッシリアの要塞で反乱を扇動しました。結果、その地方の総督は拘束され、ヒゼキヤに引き渡されて投獄されます。

ヒゼキヤが軍隊の準備をしていたころ、預言者ミカとイザヤは盛んに預言していました。2人はアッシリアに対する主のことばを語り、ミカはこう宣言しています。「……アッシリアが私たちの国に来て、私たちの宮殿を踏みにじるとき、私たちはこれに対抗して七人の牧者、八人の指導者を立てる。彼らはアッシリアの地を剣で、ニムロデの地を抜き身の剣で飼いならす。アッシリアが私たちの国に来て、私たちの領土に踏み込んで来るとき、彼は、私たちをアッシリアから救い出す」(ミカ5:5b〜6

イザヤは、ユダが近隣諸国同士を戦わせ、疲弊させるのがいいと考えていました(イザ29章)。一方、エジプトとユダの同盟については、この2人の預言者は強く非難しました(イザ30〜31章、ミカ6:4、7:15参照)。

預言者たちに対するヒゼキヤの応答は注目に値します。ヒゼキヤは民を激励するため集会を召集しました。「『強くあれ。雄々しくあれ。アッシリアの王や、彼とともにいるすべての大軍を恐れてはならない。おののいてはならない。彼とともにいる者よりも大いなる方が、私たちとともにいてくださるからである。彼とともにいる者は肉の腕だが、私たちとともにおられる方は、私たちの神、主であり、私たちを助け、私たちの戦いを戦ってくださる。』民はユダの王ヒゼキヤのことばによって力づけられた」(Ⅱ歴代32:7〜8

ヒゼキヤが瀕した危機

ヒゼキヤの治世の14年、センナケリブ率いるアッシリア軍が北からユダに侵攻。古代の記録によると、エジプト軍は壊滅しました。センナケリブの軍隊はその後、ユダの支配下にあったペリシテ人の沿岸の町々を破壊し、その指導者たちを罰し、遺体を町の高い柱につるしました。

アッシリア軍は向きを内陸に変え、ユダの西部に進軍し、アゼカ、ガテ、シェフェラを滅ぼしました。ヒゼキヤは、自分の反逆が太陽の下のろうのように溶けゆくのを目撃します。

ニネベで発見された巨大なレリーフ
Photo by Osama Shukir Muhammed Amin
FRCP(Glasg)/wikimedia

その後、センナケリブはラキシュの全面包囲を命じ、征服。この包囲戦は、ニネベで発見された巨大なレリーフに記念として刻まれており、大英博物館で観覧できます。レリーフには、ユダヤの囚人たちが裸や裸足で連れ去られ捕囚にされるという恐ろしい破壊が描写されています。イザヤの預言の痛ましい成就です。

辱められ面目を無くしたヒゼキヤは降伏を決意し、多大な貢ぎ物をしました(Ⅱ列王18:13〜16)。センナケリブは貢ぎを受け取ったものの、血への飢え渇きは収まらず、エルサレム征服を最優先事項の一つとしました。最高位の役人ラブ・シャケをアッシリア軍に先んじてエルサレムに遣わし、紀元前8世紀の心理戦を仕掛けます。

敵が用いた四つの方法

イザヤ書36章には、エルサレムの住民の士気をくじくためラブ・シャケが用いた四つの方法が記されています。

最初の戦略は抵抗する気持ちをそぐことでした。ラブ・シャケは、エルサレムの指導者が「アラム語で話してほしい」と願う声を無視し(イザ36:11)、ヘブライ語で「いったい、おまえは何に拠り頼んでいるのか」(同36:4)とあざけりました。さらに、ヒゼキヤの戦略や戦力は「口先だけのことばだ」と主張し(同36:5)、王がうそをついていると非難しました(同36:14〜15、36:18参照)。そればかりでなく、「これらの国々のすべての神々のうち、だれが自分たちの国を私の手から救い出したか。主がエルサレムを私の手から救い出せるとでもいうのか」(同36:20)と、主さえも攻撃しました。

アッシリア人は、自分たちが征服した国々を「支配」していた神々は無力で、主も同じだと考えていました。神々は限られた地方でしか働けず、その力には限界があると古代世界の異教徒たちは信じていたのです。主にも限界があるという思い込みが、センナケリブの命取りとなりました。

アッシリアが用いた2番目の戦略は、ヒゼキヤがエジプトと結んだ同盟には力がないとあざけることでした。ラブ・シャケはエジプトを「傷んだ葦の杖」(イザ36:6)と呼び、「戦車と騎兵のことでエジプトに拠り頼んでいるが……追い返せないのだ」(同36:9)と主張しました。

ラブ・シャケが3番目に使った戦略は、エルサレムが直面するすべての問題の原因は神の気分を害したことにあると主張することでした(イザ36:7)。しかし、センナケリブは誤解していたのです。彼は、ヒゼキヤが取り除いた祭壇や高き所は主のものだと考えていました。しかし実際は、イスラエルから追放された異教徒たちの偶像でした。アッシリア人は、ヒゼキヤが「エルサレムの神」を怒らせたと信じ、その結果、「ユダの神」がその間違いを正すためにアッシリア人を召喚したと考えたのです(同36:10)。

4番目の戦略はエルサレム軍の信用を落とすことでした。「もし、おまえのほうで乗り手をそろえることができるのなら、おまえに二千頭の馬を与えよう」(イザ36:8)。エルサレム軍は「おまえたち(ユダヤの指導者たち)といっしょに、自分の糞を食らい、自分の尿を飲むようになる」(同36:12、加筆筆者)と言いました。

ヒゼキヤの壮大な祈り

追い詰められたヒゼキヤは、衣を引き裂き粗布を身にまといます。すべてが失敗したかのような悲惨な状況下で、ヒゼキヤはどこに助けを求めに行けばいいのかを知っていました。地上における主の臨在が宿る場所と考えられていた神殿の聖所に入り、主に叫んでいます。大惨事とほぼ確実な死を目前にしてもなお、ヒゼキヤは力強い信仰を表明し続けました。聖書の中で最も壮大な祈りの一つです。

ヒゼキヤはアッシリア人が持ってきた糾弾の手紙(イザ37:9)を手に取り、声に出して読み、「主の宮に上って行き、それを主の前に広げ」(同37:14)ました。

ヒゼキヤの祈り(イザ37:16〜20)は力強い真理を示しています。主は「イスラエルの神」であり、「ケルビム(注:契約の箱と関連)の上に座しておられる」「地のすべての王国の神」です。「天と地を造られ(た)」神であり、「生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことば」を覚えておられるお方です。ヒゼキヤは、神を「生ける神」と認めることによって、アッシリアに敗れた国々の「神々」はすべて偽りだと退けました。

最後にヒゼキヤは、エルサレムをセンナケリブから救ってくださるよう主に求めています。「そうすれば、地のすべての王国は、あなただけが主であることを知る(ようになる)」(同37:20)からです。

神は、絶望的な状況に置かれたヒゼキヤ王のために、イザヤにみことばを与え、答えられました。祈りは聞かれていること、神がセンナケリブに対処されるという保証のことばです。エルサレムで最も弱く見える「処女である娘シオン」(イザ37:22)は、アッシリア人をあざけり、頭を振ります。

神は、「イスラエルの聖なる者」(イザ37:23)をそしったセンナケリブを責められます。センナケリブの傲慢さのゆえに、神は、鼻に鉤輪(かぎわ)を付けられた雄牛のように、口にくつわをはめられた馬のように、彼をもと来た道に引き戻されます(同37:29)。エルサレムは救われるのです! アッシリアの王は「この都に侵入しない。また、ここに矢を放たず、これに盾をもって迫らず、塁を築いてこれを攻めることもない」(同37:33)のです。

エルサレムに向かって進軍していたセンナケリブは、実はイスラエルの神に向かって進軍していました。しかし、主は言われます。「わたしはこの都を守って、これを救う。わたしのために、わたしのしもべダビデのために」(イザ37:35

Photo by Peter Paul Rubens/wikimedia.org

次の場面は劇的です。主の使いがアッシリアの陣営を行き巡り、一夜にして18万5千人の兵士を殺しました(イザ37:36)。イザヤ書37章37節には「アッシリアの王センナケリブは陣をたたんで去り、帰ってニネベに住んだ」とあります。この後センナケリブは、唯一安全だと考えていた自らの神の宮で礼拝していた時、2人の息子たちに殺されました(同37:38)。イザヤ書37章7節の預言が成就したのです。

大きな不安に襲われた時、どこへ向かいますか。敵が集まり、自分に立ち向かってきた時は? 落胆が大きく喜びを失ってしまいそうな時は? 失望に押しつぶされそうな時は? 私はヒゼキヤに倣うことをお勧めします。素早く神の臨在の中へ行き、神の御顔を求め、神に叫び、神を待ち望みましょう。祈りの小部屋に入り(マタ6:6)、神のことばに浸りましょう。神が、私たちを取り囲まれていること、神のシャローム、御手の中にあることを覚えましょう。

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