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共同体に生きる -前編-

TEXT:アビガイル・ウッド(BFPスタッフライター)

個人主義が広く浸透する現代社会にあって、クリスチャンはどう共同体として生きていけば良いのか、ユダヤ教の共同体観念から学んでいきます。

私がヘブライ語を学び始めた時、何度も先生から前置詞と接続詞を直されました。そこから学んだことは、ヘブライ語の文字が一つだけで独立して使われることは決してないということでした。その文字が一音節なら、修飾される言葉が続くか、無音の子音が付いているのです。

このヘブライ語の文法からも、ユダヤ人の「共同体」という意識を感じることができました。共同体のメンバーは誰一人孤立した存在ではないのです。その共同体の持つ力と健全さは、そこに属する人々の行動や喜び、そして痛みによって決まります。これは共同体に対する伝統的なユダヤ人の見解ですが、今日の世界では一般的とは言い難い考え方です。世界の傾向は互いに責任を持ち合うことから、個人主義へと向かっています。共同体や集団行動はすぐに「社会主義的」だと見なされ、退けられてしまいます。たとえ、真の霊的共同体であっても、これは多大な損失です。

現代の個人主義

今日の社会に広まっている極端に個人主義的な考え方は、キリスト教会の中にも見られます。教会に置かれている自己啓発本のタイトルにも『より豊かなあなたの人生への旅』、『あなたにとって良い関係を発見し、あなたにとって悪い関係を避ける指針』といったスローガンが掲げられています。「あなた」「あなたの」という言葉だらけの、個人としてどのように自分を向上させるかについての本が並んでいて、あたかも「セルフ・マガジン(健康、美容などを扱うアメリカの婦人雑誌)」の表紙のようになりつつあります。その目指すところは、最高の自分になる、ということについてではないでしょうか。

いかに最高の自分になるかと
いうことに意識の集中する時代

このような個人を高めるタイトルは、自分自身への強い関心を浮き彫りにしています。それは真の霊的共同体を形成しようとするユダヤ人とクリスチャン両方にとっての理想から離れているものです。実際、キリスト教の大きな柱の一つは、人間は自分の罪の性質から自分自身を救う力がないという信仰です。自分の思いや努力によって、霊的変身を遂げることに集中するなら、主ではなく自分の長所や短所に焦点を当てることになってしまいます。このように自分ばかり見つめることの副作用として、自分の周りの共同体から注意がそれてしまうのです。

聖書に見られる共同体としての生活の意義は、どれほど強調してもし過ぎることはありません。創造の初めから神の形(神、キリスト、聖霊が愛により結び合っている姿)に造られた人は、神の社会的な品格にあずかっていました。そして、単に神とだけではなく、互いに関係を持って生きるよう召されていたのです。創世記で神は「人が、ひとりでいるのは良くない(創2:18)」と言われました。「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう(詩133:1)」という有名な詩篇のみことばはこの考えについて述べ、人が共同体の中でどのように振る舞えばよいのかを説明しています。

もちろん、神の御国における個人の責任を理解することは大切です。エゼキエル書にははっきりと明記されています。「正しい者の義はその者に帰し、悪者の悪はその者に帰する。」(エゼ18:20)救いが個人的な出来事であることはキリスト教信仰でも明確です。親であれ、子であれ、イエスに対する信仰を、愛する家族に押し付けることはできないのです。

しかし聖書にはイスラエルの国が、全体として神に立ち返ったり、神から離れ去ったりする例が多くあります。民数記16章では、アビラムとダタンの反逆のために家族全員が罪に定められています。使徒の働き16章では看守が主を信じた時、その家族全員が救われてバプテスマを受けています。一人の人の行いが個人的な裁きに値することは明らかですが、時には共同体の人々の人生に多大な影響を与えることもあるのです。

共同体もまた神の律法を行わなくてはなりませでした。たとえば十戒の中では、刻んだ像を作ってはならない、主の御名をみだりに唱えてはならない、他の神に従ってはならないという、神と私たちの関係を扱った戒め以外のものは、共同体として、他者との関係の中で守らなくてはならないことなのです。父や母を敬ったり、殺人を自制したり、姦淫や盗みをしなかったり、偽証やむさぼりをやめたりすることは、すべて私たちが共同体でどのように生きるかを示しています。共同体の中で犯す罪は間違いなく個人の魂にも影響を与えます。こうした戒めは、個人が人々との交わりの中に生きることを前提として定められているのです。

ユダヤ教における共同体

共同体とはなんでしょう。モルデカイ・カプランはその著書『ユダヤ人の伝統における基本的価値観』の中で、共同体とは「すべての人が一人ひとりの幸福に関心を持ち、一人ひとりが全体の生活に関心を持つ社会組織の一形態である」と、定義しています。共同体という考え方はユダヤ教の中心です。それはユダヤ人の神観に直結しているからです。ミルトン・ステインバーグは『基本的ユダヤ教』の中で、「すべての人は神の性質を帯びている。従って思いやりと尊敬を受けない人などいるはずがない」と、書いています。彼はさらに「私は感情がありますので、自分の仲間を完全に尊敬することはできません。しかし、その人の中には神の一部があるので、無限の精神的価値があることを知っています」と書いています。

すべての人は、細部にこだわる神によって独特の存在として造られていますが、創造主の特徴だけではなく、性質の一部も帯びています。人間の独特の性質は創造主によって与えられたものです。その人個人に由来するものではありません。人間の独自性は、あたかもその人本人のものであるかのように思います。しかしそれは神の中に存在しているのです。

現代のイスラエルにおける例

このユダヤ的な共同体の考え方は、2011年に解放されるまで5年以上もハマスの捕虜になっていたギラッド・シャリート兵士にまつわる数々の出来事に表わされています。イスラエルは、シャリートただ一人を救出するために、1027人のパレスチナ人の囚人を交換条件として解放しました。これは大きな犠牲でした。囚人たちの多くはテロリストで、釈放後、同じ事を繰り返しています。なぜイスラエルはこのような大勢の危険人物を、たった一人のイスラエル人を取り戻すために釈放したのでしょうか。非常に難しい決断でしたが、ただ一つはっきりしていたことは、イスラエルは喜んでそれを行なったということです。シャリートはイスラエルのすべての母にとって息子であり、すべての姉妹にとって兄弟だったからです。彼を失うことは一つの家族にとってだけではなく、全共同体にとっての喪失だったのです。

この考え方はヘブル的ルーツのレンズを通して見ると完全に理屈にかなうのです。それはギリシャ的思考から生じたヘレニズム的な区分とは違います。すべての物はつながっており、何一つそれを取り巻くものから切り離されることはないという考え方なのです。信仰は日々の生活の中にありそれを通して表されます。国家は個々人によって影響を受け維持されます。そしてハマスの捕虜となった一人の兵士の命には、国家全体を左右する力があるのです。

救出され国防軍基地に着陸した後、
ネタニヤフ首相に敬礼するギラッド・シャリート

しかし、このようにお互いに複雑な関係を持っている共同体は、共に勝利するだけではなく、失敗をも共にしてしまいます。共同体として神の目に正しくあることもできれば、たった一人のために、共同体として神の前に失敗してしまうこともあるのです。

ラビによる例え話に、ボートで海を漂流している男たちの話があります。一人の男が千枚通しを取り出してボートの底に穴を開け始めました。他の人々は当然のことながら「バカヤロー、何をしているんだ」と叫びました。すると男は答えました。「お前に何の関係がある。自分のシートの下に穴を開けて何が悪い。」この話は一人の人の行動がどのように共同体全部を駄目にするかを説明しています。「個人の罪」とか「私的な罪」などというものはないのです。もし自分の罪に執着し、悔い改めを拒否するなら、それによって船全体が沈んでしまうのです。

後編ではさらにキリストの体としての共同体の責任について学びます。

[参考文献]

  • モルデカイ・カプラン著『ユダヤ人の伝統における基本的価値観』
    Kaplan, Mordecai M. Basic Valuesin Jewish Tradition. New York: Craftsman Associates, Inc., 1948
  • ミルトン・ステインバーグ著『基本的ユダヤ教』
    Steinberg, Milton. Basic Judaism. New York: Harcourt Brace Jovanovich, Publishers, 1947

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