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わが心の故郷、エルサレム -後編-

レベッカ・J・プリマー/BFP国際会長(CEO)

エルサレム旧市街を望む www.bibleplaces.com/Todd Bolen

前号ではエルサレムという町の独自性、重要性と共に、ユダヤ人にとって、エルサレムがいかに特別な意味をもっているのかをみことばから学びました。

エゼキエルはエルサレムを「世界の中心」として語っています(エゼキエル38・12)。実際に、エルサレムはジャーナリストたちの駐在地ともなっています。なぜ、エルサレムやイスラエルのニュースが世界各国の新聞に定期的に掲載されているのか、今までに不思議に思われたことはありませんか。世界中のどこよりも数多くのジャーナリストたちが、イスラエルに滞在しているといわれています。確かに世界中の目はイスラエルに注がれています。

アメリカの小学生と話していると、「イスラエルって、どのくらいの大きさなの?」と、よく質問されます。子どもたちはたいてい、イスラエルが大きな国だと思っているのです。なぜならいつもイスラエルについての報道を耳にしているからです。

しかし、イスラエルの実際の大きさは、アメリカ合衆国のニュージャージー州、南アフリカのクルーガー国立公園、英国のウェールズ、カナダのバンクーバー島、日本の四国、ニュージーランドのカンタベリー地方、オーストラリアのタスマニアの三分の一の大きさしかありません。

イスラエルは、神にとって重要な場所であり、聖書の中で中心となる所であるという理由で、世界の目がイスラエルに向けられていると私は信じています。エルサレムはその町を支配しようと企む者たちによって、霊的かつ物理的な攻撃を受け続けています。

今日のエルサレム

私はエルサレム75万人の住民の一人です。その中にはユダヤ教、イスラム教、キリスト教、世界各国から来たさまざまな人々が含まれています。最近まで夫のトムと私は、エルサレムの南部地区のギロに住んでいました。約2年間、ギロはパレスチナのテロリスト集団の攻撃下にありました。毎日のように、銃弾がギロに向かって発砲され続けました。私たちは危険ラインから6ブロックの所に住んでいましたが、絶え間ない砲撃の音に耐えて生活し、次第にそれに慣れていきました。ブリッジス・フォー・ピース国際本部のオフィスは、エルサレムの下町にあり、二度目のインティファーダの最中には、私たちのオフィスの6ブロック以内で15回以上ものテロ事件が起こりました。

人々はいつも私に尋ねます。「そんな所に住んで、恐ろしかったでしょう」と。確かにテロの襲撃は恐ろしいものです。しかしそれと同時に、エルサレムは私が夜間一人で歩いても安全だと感じる町でもあります。なぜなら個人を狙った犯罪はほとんどないからです。子どもたちは学校に通うのに市バスに一人で乗ります。子どもたちの安全を心配する人は誰一人いません。イスラエルでは子どもたちへの犯罪はほとんど聞いたことがないからです。にもかかわらず今日、エルサレムを平和な町であるという人はきっと一人もいないでしょう。

平和の町エルサレム

多くの人々は、「エルサレム」の名は「イール・シャローム」(平和の町)であると言います。また、他の人々は、エルサレムは「イール・シレム」(完全な町)であると言います。確かにそれは、エルサレムやイスラエルに平和があるようにというユダヤ人の切なる願いでもあります。私たちが幾度も言っているように、真の平和はメシアの再臨の時までやって来ません。「救い主が来られるまで」という慣用句は、イスラエルではよく聞かれる表現です。

毎週金曜日、人々は安息日を迎える

エルサレムの町は歴史を通して、また、最近においても多くの戦いのただ中にあります。そのために、時には平和などはるか遠い夢のように思われます。しかし、エルサレムにはシャローム(平和、平安)があります。それは、毎週私が愛情を込めて守り続けている、エルサレムの町に立ち込めるシャローム(安息日)です。毎週金曜日の午後、人々が安息日を迎える準備をし始めると、町は少しずつ静かになっていきます。そして、チキンスープの香りが辺りいっぱいに漂い始めます。実際にどの通りを歩いても、ユダヤ人の家の近くに行くと必ずチキンスープの香りがします。人々は皆、正装します。夫は家で待つ妻に花束を持って帰ります。すべての人々が家族と過ごすために日没までに家路に着こうとするので、交通渋滞が起きてしまいます。各家庭ではテーブルが美しく整えられ、家族は安息日の食事の間中、共に集いゆったりとした時を分かち合います。聖書について語り合い、美しい賛美の歌が歌われます。夫は箴言31章を朗読して妻を祝福し、両親は子どもたちを祝福します。

安息日の祝福は、私たちを日々の忙しい生活から、家族や主と共にいる生活へと移してくれます。私がイスラエルを離れて旅行するとき、一番残念に思うのは安息日を守れないことです。

クリスチャンとしてエルサレムに住むこと

私がイスラエルのエルサレムに住んでいるのは、クリスチャンとユダヤ人との関係が改善されるのを見たいからです。2千年もの間、メシアが誰かということで、私たちの信仰は二分されてきました。クリスチャンである私たちは、メシアとしてイエスを受け入れてきました。一方、ユダヤ人はいまだに自分たちのメシアを待ち望んでいます。この信仰の相違は、人々の間に極度の緊張をつくる原因となってきました。

キリスト教がコンスタンティヌス帝によって国教と定められて以来1700年間、ユダヤ人は、キリスト教会によって苦難を被ってきました。幾世代にもわたる過酷な迫害には、十分な資料の裏付けがあります。そしてそれは、単にユダヤ人であるというだけの理由で600万人もの人々が大量殺戮されたホロコーストの時期に頂点に達しました。

キリストの名の下にこのようなことが行われたことを知り、私は悲しくなりました。歴史をさかのぼり、その出来事を変えてしまいたいという思いに駆られますが、そのようなことができるわけはありません。しかしながら私たちは、今日、そして明日のために異なった生き方をすることができます。多くのクリスチャンが、ユダヤ人に無条件の愛を示すことによって、異なる生き方をする決断ができます。国際クリスチャン・エンバシー(ICEJ)、クリスチャン・フレンズ・オブ・イスラエル(CFI)、BFPの三団体は、エルサレムにおいてユダヤ人に無条件の愛を示している最大のクリスチャン団体です。

ホロコースト記念館にあるコルチャック先生と
子どもたちの記念碑
www.israelimages.com/Garo Nalbandian

イスラエルにクリスチャンとして住み続けることは、必ずしも居心地の良いものではありません。クリスチャンによる過去の行為の結果、クリスチャンに対して拒絶的な態度をとるようになったユダヤ人から、私は個人的に幾度か迫害、反感、疑惑の目で見られる体験をしてきました。私はユダヤ人が、なぜそのように感じるのかをよく理解できます。だからこそ私はユダヤ人の真っただ中で、愛とあわれみに特徴付けられる敬虔なクリスチャン生活を生き抜くことによって、ユダヤ人の拒絶的な態度が変わっていってほしいと切望しているのです。

エルサレムの将来の希望

最近、ユダヤ人が、聖書を信じるクリスチャンは彼らの友、おそらく彼らの最良の友であると理解し始め、クリスチャンに対する態度が変わってきたことに私たちは気付かされています。イスラエル、また世界各国の多くのクリスチャンの良い働きを通し、また、クネセット・クリスチャン同盟幹部会の働きを通して、私たちは彼らの態度の変化を見てきました。この幹部会は2004年1月に設立されました。クネセット(イスラエル国会)の議員であるユリ・シュターンは12人の議員と共に、イスラエルを支援するクリスチャンの働きがクネセットで公認されるために尽力しました。これは公的な政府機関が、クリスチャンに対して手を伸ばし始めた最初の出来事です。この時から相互の尊敬と理解を基盤とし、良い関係が徐々に築かれ始めました。

エルサレムを望む www.bibleplaces.com/Todd Bolen

以前の私は、ユダヤ人から「あなたは福音派のクリスチャンですか?」と尋ねられるときには、「はい、そうです」と答えながらも彼らの拒絶的な反応に身構えていました。しかし今日では、イスラエルやユダヤ人への多くの良い支援活動のゆえに、彼らから感謝の言葉を受けることのほうがはるかに多くなってきました。ユダヤ人は神から愛されている民族であるという理由で、世界中のクリスチャンが彼らを愛してくれているという事実に気付き始めました。多くのユダヤ人(ラビ、政治家、知識人、そして市民の人々)と話をするときに断言できることは、メシアが来るときには、私たちは(クリスチャンもユダヤ人も)すべてメシアに従っていくということです。

テディ・コーレック前市長は、「イエスがメシアであると信じていますか?」と質問されたことがありました。彼は常に立派な政治家であり、質問者の感情を害することを望まず、知恵をもってこう応えました。「グッドアイデアがあります。メシアが来たとき、最初の質問は『主よ、あなたは以前、ここエルサレムに来られたことがありますか?』とすればよいのです」と。

聖書の歴史の中で、エルサレムが中心的存在であることに疑いの余地はありません。今日、世界がイスラエルに注目していることもまた歴然たる事実です。そして将来、エルサレムはメシアが来られる都でもあります。詩篇133篇に書かれていることが、クリスチャンとユダヤ人に現実にやって来るその日を私は楽しみに待っています。私たちが共に腕を組んで歌を歌うのです。

「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。」(詩133・1)

私たちの過去の歴史は決して良いものではありませんでした。しかし、私たちの未来はメシアのリーダーシップの下に、とても素晴らしいものとなるでしょう。

エルサレムについてのさらなる情報として、B.F.P.JapanのHP内(http://www.bfpj.net/)に掲載しているイスラエル学習教材「エルサレムの重要性を理解する『15の鍵』」(2000年10月のティーチングレター)も併せてご覧ください。

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