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神の最善だけを求める -前編-

文:ネイサン・ウィリアムズ(BFP国際管理副部長)

人の目には時に、神の約束の成就が遅れているように見えることがあります。
しかし、神の計画の中では決して遅れているわけではありません。
忍耐をもって神の最善を求めることの幸いを、今一度、心に刻んでまいりましょう。

神の時を待つ Photo by Min C. Chiu/shutterstock.com

2019年、BFP(ブリッジス・フォー・ピース)は世界のBFPファミリーと共に、聖書全巻の通読に取り組んでいます。多くのクリスチャンにとって旧約聖書を読み通すことは、登頂困難な山のように思えるかもしれません。特にレビ記や民数記に入ると、そのように感じるでしょう。

モーセ五書は、約束の地に向かって旅をするイスラエルの民の試練や苦難に多くのページを割いています。現代の私たちの生活とは無関係のように見えますが、パウロは、イスラエルの民が荒野で経験した数々の出来事について、コリントの信者たちに次のように書き送りました。「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、…私たちへの教訓とするためです」(Ⅰコリ10:11)。モーセ五書には、信仰や従順、神の品性に関する実践的な教訓を数え切れないほど見つけることができます。では、パウロが今の世代にとって重要だと考えた民数記の教訓を新たに見つけてまいりましょう。

まだ着かないのか?

民数記は、イスラエルの民が経験した長い流浪生活の記録です。エジプトの奴隷生活から奇跡的に脱出した翌年から、その38年後に約束の地に面するヨルダン川の岸辺に到着するまでを記しています。ここで語られているのは二つの世代の物語です。一つは、パロの抑圧が打ち砕かれるという不思議な体験をしながら、不信仰を捨てられなかった世代、もう一つは最終的に信仰と従順を体現した世代です。

民数記は、2回目の人口調査で次世代の民を数える箇所で二つに分けることができます。それがこの書物の名の由来です。前半は最初の世代の人口調査(民1:1-46)で始まり、兵士たちの反逆と不一致が説明されています。民数記11〜21章には、民の謀反や苦情、反逆、不平を示す七つの物語があります。

●「さて、民はひどく不平を鳴らして主につぶやいた。主はこれを聞いて怒りを燃やし…」(民11:1。強調筆者)
●「また彼らのうちに混じってきていた者が、激しい欲望にかられ…言った。『ああ、肉が食べたい。』」(民11:4。強調筆者)
●「そのとき、ミリヤムはアロンといっしょに、モーセ…を非難した」(民12:1。強調筆者)
●「イスラエル人はみな、モーセとアロンにつぶやき」(民14:2。強調筆者)
●「コラは…ダタンとアビラム…と共謀して…モーセに立ち向かった。…彼らは集まって、モーセとアロンとに逆らい」(民16:1-3。強調筆者)
●「その翌日、イスラエル人の全会衆は、モーセとアロンに向かってつぶやいて言った」(民16:41。強調筆者)
●「民はモーセと争って言った。『ああ、私たちの兄弟たちが主の前で死んだとき、私たちも死んでいたのなら。』」(民20:3。強調筆者)
●「民は神とモーセに逆らって言った。『なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。』」(民21:5。強調筆者)

このような神とモーセへの反逆のために、最初の人口調査の時に20歳以上だった人々は、モーセとヨシュアとカレブを除いて全員荒野で死にました。

転換点

新しい世代の人口調査(民26:1-65)が行われ、民数記は第二部に入ります。ここで分かることは、この世代が先代の失敗から学んでいたということです。新しい世代もまた、親の世代と同じような罪を犯し、神の指示に従いませんでした。しかし、自分たちの罪と直面した時の応答は違っていたのです。彼らは心を入れ替えて先代とは違う行動を取り、応答し、悔い改めました。新しい世代は忠実だったゆえに、不信仰だった親の世代が達し得なかった約束の地を受け取ります。

イスラエルの民は民数記31章で約束の地のすぐ外側にいます。神から約束された地を征服する戦いの中で、新しい世代を試す次の試練が起こります。ミデヤン人を征服した後、ヨルダン川東岸の肥沃(ひよく)な地は、生まれて間もない国家であるイスラエルのものとなりました。しかしここで大きな問題が起こり、イスラエルの民が約束の地に入れなくなる恐れを引き起こしました。

ヨルダン川 Photo by Roman Sigaev/
shutterstock.com

多くの家畜を飼うルベン族とガド族の新しいリーダーたちは、ヨルダン川東岸が理想的な牧草地であることを知ります。そこで、ヨルダン川を渡ってカナンの地に入るよりも、そこに定住することを願ったのです。「また彼らは言った。『もし、私たちの願いがかないますなら、どうかこの地をあなたのしもべどもに所有地として与えてください。私たちにヨルダンを渡らせないでください。』」(民32:5

モーセの応答を見れば、この問題は前の世代の反逆や不一致、不信仰、そして12人の斥候の罪をすぐさま想起させたことが明らかです。

モーセはガド族とルベン族に答えた。『あなたがたの兄弟たちは戦いに行くのに、あなたがたは、ここにとどまろうとするのか。どうしてあなたがたは、イスラエル人の意気をくじいて、主が彼らに与えた地へ渡らせないようにするのか。私がカデシュ・バルネアからその地を調べるためにあなたがたの父たちを遣わしたときにも、彼らはこのようにふるまった。彼らはエシュコルの谷まで上って行き、その地を見て、主が彼らに与えられた地に入って行かないようにイスラエル人の意気をくじいた。…そして今、あなたがた罪人の子らは、あなたがたの父たちに代わって立ち上がり、イスラエルに対する主の燃える怒りをさらに増し加えようとしている。あなたがたが、もしそむいて主に従わなければ、主はまたこの民をこの荒野に見捨てられる。そしてあなたがたはこの民すべてに滅びをもたらすことになる。』」(民32:6-9、14-15

モーセの不安は十分に理解できます。ガド族とルベン族は、目前に迫る約束の地を征服する代わりにヨルダン川東岸に定住することを願い、親の世代と同じように不信仰な行動を取っているように見えます。実際、この要求によって他の部族も神がアブラハムの子孫に約束された豊かな相続地に入っていく代わりに、今いる場所に落ち着きたいと願うようになり、これまでの旅路の労苦を台無しにしてしまう可能性がありました。

過去から学ぶ

先代のルベン族とガド族だったら、ここで部族長たちが抗議の声を上げ、うなじをこわくして、自分たちの計画を非難したモーセに反抗していたことでしょう。しかし、モーセが彼らの罪に立ち向かった後、素晴らしいことが起こりました。ルベン族とガド族の新しいリーダーたちは頑なにならなかったのです。その代わりにモーセの懲らしめを受け入れ、先祖の罪を繰り返すなという警告に耳を傾けました。部族長たちは提案を見直してモーセのところに戻り、これからの戦いで他の部族を助ける約束をしただけでなく、先頭に立って約束の地に入っていくという最も危険な役割を引き受けました。

しかし、私たちは、イスラエル人をその場所に導き入れるまで、武装して彼らの先頭に立って急ぎます。…私たちは、イスラエル人がおのおのその相続地を受け継ぐまで、私たちの家に帰りません」(民32:17-18

チャールズ・スポルジョンはこのように言っています。「一族には義務があります。ルベン族とガド族が征服し終えた土地を要求し、残りの民に相続地を勝ち取る戦いを行わせていたなら、兄弟失格だったことでしょう」。新しい世代のリーダーたちは過去の失敗をとがめたり、自分たちのほうが過去のリーダーたちより優秀だと考えたりせず、古い世代の失敗から学んでいたことが分かります。新しい世代は、神のすべての約束を達成するまで耐え忍ぶ忠実さと辛抱強さを学んでいたのです。

選択と結果

イスラエルは一丸となって
約束の地を征服しました

短期的にはルベン族とガド族は他の部族よりも先に相続地が与えられ、報いを受けたように見えるかもしれません。しかしそれには犠牲が伴いました。二つの部族の兵士たちは、他の部族と共に約束の地を征服する戦いに行くことを約束しました。そのため、兵士たちが戦いから帰ってくるまでの間、妻子が安全に住める城壁のある町を建てる時間はほとんどありませんでした。それでも、カナン全土が征服されるまで他の部族の民と共に戦うという約束を、彼らは忍耐して守り続けなくてはならなかったのです。聖書学者たちは、ヨシュアがカナン全土を征服するのに5〜7年ほど掛かったと推測しています。ですから、ルベン族とガド族は長い間、家族から切り離されたことになります。自分たちがいない間、主が辺境の地の家族を守ってくださると戦士たちは信じなくてはなりませんでした。

後編では、神の御心でないものを求めることの結果と、それでも注がれる主の恵みを見てまいります。

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