ティーチングレター

ホセア -後編-

TEXT:シェリル・ハウアー [BFP国際開発ディレクター]

ヘブライ語でアミ(わたしの民)

前半ではホセアの結婚生活を通して神の愛を学びました。視覚的イメージを豊富に提供しているホセア書から今月も学びます。さらに細かい描写の一つ一つに隠された神の哀れみと、現代に生きる私たちへの適用を探求していきましょう。

契約の愛のメッセージ

ホセアとゴメルとの関係から学んだレッスンは、「神の愛のメッセージ」です。

「わたしはもう二度とイスラエルの家を愛することはなく、決して彼らを赦さないからだ。」(ホセア1:6)と警告したにもかかわらず、「わたしは彼をわたしのために地にまき散らし、『愛されない者』を愛し、『わたしの民でない者』を、『あなたはわたしの民』と言う。彼は『あなたは私の神』と言おう。」(2:23)と神は約束しています。「あなたがたはわたしの民ではなく」(1:9)という言葉が「あなたはわたしの民」(2:23)と変化しています。「彼女はわたしの妻ではなく」(2:2)は、「あなたはわたしを『私の夫』と呼び」(2:16)に置き換わっています。2章3節では、神はイスラエルを荒野のようにすると通告(2:3)した後、14節では、もう一度荒野で優しく語ると約束しています。また、「彼らは、彼らの神、主に立ち返らず、」(7:10)と厳しく告発した後、「イスラエルよ。あなたの神、主に立ち返れ。」(14:1)と神は怒りを収めて招いておられます。

これらの預言や際立った対比は、神がイスラエルに怒っているときでさえも、神の愛がイスラエルへ注がれ続けている証拠です。ホセアが、ゴメルの不貞にもかかわらず彼女に愛を捧げ続けたように、主の優しい哀れみの御手が、選びの者たちへといつも伸ばされているのです。

タルムードにあるたとえ話です。一人の王が妻に対して怒っていました。そして「私は彼女と離れ、彼女の子どもたちにも一切情けを掛けない。」と宣言しました。その後で王は、市場へ出かけ、彼女に贈るために美しい手作りの金の飾りを買いました。彼女の近所の人々が、王の態度に戸惑っていたので、王の家来は説明しました。「王が彼女に怒ったからと言って、愛することをやめたと思いますか。怒った瞬間、王が熱くなってそう言ったからといって、彼女が王の妻であると神の前で誓ったことに変わりはありません。」

ホセアはこのたとえ話と同じメッセージを伝えています。この王と妻のように、たとえ、主がイスラエルに怒ったときも、主ご自身の契約に基づくイスラエルへの愛は変わることがありません。契約の愛は感情に左右されません。主の愛はいつも、限りなく注がれています。

哀れみの描写

ホセア書は、言葉の意味を超えて真理をとらえられるように、絵画的イメージを用いた描写を盛り込んでいます。ゴメルの姦淫に対してホセアが無条件の愛を示した描写も、神のメッセージを体感できる視覚教材でした。聖書全体の中でも特に美しい描写のいくつかが、ホセア14章の中に見られます。

神は、イスラエルの背信を非難しましたが、イスラエルが最後には回復することも明確にされました。神は、イスラエルを若き日の妻として彼女を歓迎すると言われました。「わたしは彼らの背信をいやし、喜んでこれを愛する。わたしの怒りは彼らを離れ去ったからだ。わたしはイスラエルにはのようになる。彼はゆりのように花咲き、ポプラのように根を張る。その若枝は伸び、その美しさはオリーブの木のように、そのかおりはレバノンのようになる。」(14:4.6)ホセアとゴメルの結婚のように、ここにある一つ一つの描写は、全宇宙の神によって、神のメッセージを独特に絵画のように描き出すために、その御手で厳選された描写です。

◎露

「わたしはイスラエルには露のようになる。」(14:5) という主の約束は、「主は…大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。」(6:3)というホセアの嘆願への応答です。露も雨も偉大な神の祝福と考えられます。しかし、実は露には素晴らしい意味があります。雨は必要なもので土地を潤す恵みですが、いつも一定ではありません。干ばつになったり、雷や稲妻、洪水を伴ってやってきたりします。雨は、祝福と共に被害をもたらすこともあるのです。しかし露は、絶えず続き一定です。毎朝見られ、安心して頼ることができます。

ロトとアブラハムの家畜の牧者たちが、牧草地を巡って争ったため、彼らは別れることになりました。ロトはヨルダンの潤った低地を選び、そこは雨に頼る必要のない土地でした。アブラハムはカナンを選び、そこは雨が降ることに頼る必要のある土地でした。また、人々が神に信頼し従順に従うことで養われる土地でした。

一方、露は、いつもそこにあり、人々の態度によって変わることのない主からの優しい祝福です。人々の不道徳ゆえに、エリヤはその土地に干ばつを宣言し、雨を止めました。しかし、露に関しては、止めることができませんでした。露は神の無条件の愛、恵み、主の契約にある哀れみの表れだからです。

◎ゆり

中東のゆりは、さまざまな色の花を咲かせます。大抵は、白か深紅です。ユダの荒野の丘は、十分な量の雨が降るまでは、何年も荒涼とした砂漠のような状態が続きます。しかし一度雨が降ると一夜にして、同じ丘が鮮やかな色のゆりでよみがえります。まるで死んでしまったかのように休眠中の根が、雨を待って開花するのです。

マタイ6章28節には、ゆりは「働きもせず」、神ご自身がその美しさを装ってくださるとあります。神は再びイスラエルを優しい愛のきずなで「引き」(ホセア11:4)、悔い改めに導かれるでしょう。そして、「働きもせず、紡ぎもしない者」のために、主は優しく食べさせてくださるでしょう。主がそうされるとき、たとえイスラエルの民がまるで死んでしまったかのように見えるときでも、そこには命が流れ出し、ゆりのように華やかになり、その美しさで世界を照らすようになることでしょう。(※イスラエルにゆりやばらはあまり見られないため、多くの聖書学者はアネモネが当時の「野のゆり」であったと考えている。)

アネモネの花

◎ポプラ(新共同訳:レバノン杉)

ゆりは根が短いので、長期間、休眠したままでいられますが、レバノン杉はその反対です。レバノン杉は、地上の高さと同じくらい深く、時にはそれ以上に根を張ります。それらの根はとても強いので、非常に安定していて、どんな風や大嵐が来てもびくともしません。ゆりのような、きらめく美しさはありませんが、その不動の姿は堂々としています。また、レバノン杉は高貴な香りで有名で、何千年もの間タンスや収納庫の材料として使われてきました。

◎オリーブの木

オリーブの繊細な銀色の葉は、木々の中で最も美しい葉の一つです。オリーブの寿命は大変長く、不滅の象徴とされることもあるほどです。その根は強く、乾燥した地域でもよく生育します。

これらの一つ一つのイメージを重ね合わせていくなら、神のイスラエルへの愛がさらに明瞭になっていきます。その愛は昔も今も変わりません。1章の終わりに、ホセアは、「ユダの人々とイスラエルの人々は、一つに集められ、彼らは、ひとりのかしらを立てて、国々から上って来る。」(1:11)と、メシアが来られることを暗示しました。3章では、民が散らされること、そして、再び集められることを語っています。「その後、イスラエル人は帰ってきて、彼らの神、主と、彼らの王ダビデを尋ね求め、終わりの日に、おののきながら主とその恵みに来よう。」(3:5)。私たちはこの時代、預言者たちの預言が成就するのを目撃しているのです。

私たちへの適用

ホセアの言葉は、その当時の人々に直接向けられたものでした。恐ろしくなるような警告と同時に、あがないの約束ももたらしました。彼の預言は、やがて来る世代にも向けて書かれています。最初に語られたときと同じように、現代にも適用される深い内容です。

ホセアの当時の世界は、現代の状況とよく似ていて、悪と暴力に満ちた世界でした。神の本当の恵みと哀れみを理解していない世界でした。ホセアのイスラエルへの警告は、今日に生きる私たちへも警鐘を鳴らしています。ホセアが悔い改めと従順を祈ったように、私たちクリスチャンも彼のように祈ることが求められているのではないでしょうか。この終わりの時代、神は、神の民をより深い親密な関係へと招いておられます。そして、完全に主に委ねて、主の御声を聞きつつ主と歩むようにと願っておられます。

私たちは、政治や自分自身の力に信頼を置く者ではありません。私たちは主だけを信頼します。そして、主の誠実さを証しします。現代の私たちは、歴史の中で、死んでしまったかのように見えたイスラエルが立ち上がり、主の愛の露によって養われるのを見ています。この世はイスラエルを滅ぼそうとしますが、この世に影響を受けず、神のご計画の成就を期待し、祈っていきたいと思います。「知恵ある者はだれか。その人はこれらのことを悟るがよい。悟りある者はだれか。その人はそれらを知るがよい。主の道は平らだ。正しい者はこれを歩み、そむく者はこれにつまずく。」(ホセア14:9)

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