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ティーチングレター

時のしるし -後編-

レベッカ・J・プリマー/BFP国際会長(CEO)

夕暮れのテルアビブ (c)Israelimages / Naftali Hilger

前号では聖書預言の重要性と、推測や議論により聖書預言が甚大な被害を受けてきた事実について学びま した。今号では聖書預言に対する私 たちの応答がどうあるべきかを確認 してまいりましょう。

ユダヤ人の友人が抱く恐れの要因

クリスチャンが聖書預言に関心をもつことは、ユダヤ人社会にとって重要な問題です。聖書預言に関する議論は、クリスチャン社会だけのものではなく、ユダヤ人も大きな関心を寄せています。そして、ユダヤ人は私たちの働きの目的がメシアの再臨を早め、世界の終焉を促すのではないかと恐れています。数年前アメリカで、クリスチャンがイスラエルを支持する理由を理解しようとする60分のテレビ番組が放送されました。その中で、あるクリスチャンが、「イスラエルを支持するのは、ユダヤ人の三分の二が殺され、三分の一がキリスト教に改宗する日がやってくるという終末論に期待するゆえである」と延べました。ユダヤ人はこれを聞いて恐怖におびえました。彼らにはユダヤ人が絶滅させられるように聞こえたからです。それ以降、BFPが彼らを助ける動機は何なのかと多くの人が私に尋ねてきます。何世紀もの迫害を通過し、ユダヤ人には全滅への実存的恐怖があるのです。私はそうした質問に対して、このように回答しています。

「神の計画に関する預言は、ユダヤ人の預言者ゼカリヤによって書かれました。それを書いたのはクリスチャンではありません」と。問題の箇所には、「全地はこうなる。―主の御告げ。―その三分の二は断たれ、死に絶え、三分の一がそこに残る。わたしは、その三分の一を火の中に入れ、銀を練るように彼らを練り、金をためすように彼らをためす。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは『これはわたしの民。』と言い、彼らは『主は私の神。』と言う。」(ゼカリヤ13:、9)と書かれています。預言書はヘブル的観点から書かれました。ギリシャ文化の影響を受けた私たちの文化とは、根本的に書き方や考え方に相違がありますから、私たちは預言の筋書きを理解しようとするとき、慎重である必要があります。同時に、聖書は真実な書ですから、これまでも、そしてこれからも預言が成就し続けていくことに間違いはありません。

聖書預言への私たちの応答は?

私たちの周辺に起こるすべての現代のしるしを読み取り、どのようにそれに反応すべきでしょうか。これは私が主に尋ねている質問の一つです。教理的な議論や憶測に走らず、単純に聖書の真理にとどまり最後まで走り抜く必要があります。神は預言のことばを成就されます。そして私たちは神の召しに忠実である必要があります。そうすることによって、私たちが真実に聖書預言に参加していることを理解することができるのです。この行程を完走するためには、いくつかの事柄が必要となります。

コミットメント――献身

信者が互いの違いは脇に置き、共通のゴールを目指して一致するときです。キリスト教に、およそ3万8千にも及ぶ教派があるというのは驚きです。その分裂の大半は不一致から発しました。この大変な時代に、主にとって私たちが役立つ者になるためには、教派にかかわらず議論はさて置き、主に献身し全力を注いで互いに仕え合う必要があります。

明瞭さ

私たちは、目的、役割、責任に関する明確な理解がもてるように、主に尋ねなければなりません。最後までやり遂げるつもりなら、神の道を理解しなければならず、真剣に聖書を学び理解を深める必要があります。BFPは何世紀もの迫害により生じたユダヤ人の心の痛みを理解し、その過程も知っています。世界がどのようにイスラエルを見ているかということ、クリスチャンのイスラエルに対する神学、それらとどのように対峙すべきなのか、神のことばから理解する努力をしています。

私たちの周りに起こる出来事を監視することは重要です。戦争の話や戦争のうわさに目を閉じることはできません。私たちは現代のしるしを見分け、その脅威に対処する準備をします。そして、自分たちに与えられている召しを理解し、それを実行します。同じ召しをもつ人に期待するのではなく、私たちに与えられている召しに応答するのです。同時に、ほかの人に与えられた神の召しを尊重することも学んでいます。

準 備

目的に向かうためのあらゆる活動には前提となる条件があり、準備期間が必要です。英語の初級クラスを取らずに、次のクラスを取ることができないように、困難に直面している信者として、私たちは自分自身を肉体的に、霊的に、精神的に、後方支援の働きにおいても準備する必要があります。そうすることで私たちが忍耐をもって共に走ることができるからです。使徒パウロはガラテヤ人に言いました。「善を行なうのに飽いてはいけません。」(ガラテヤ6:9)ルステラでの石打ちに耐え、シラスと共に投獄され、多くの反対に直面した後にパウロは言いました。障害に直面すること、そしてあきらめないことが何を意味するのか分かっていたのです。ヘブル人への手紙の著者は、忍耐をもって走るように励ましています。「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」(ヘブル12:1)

霊的に、私たちは主との時間を過ごすことに再び全力を注がなければなりません。みことばを読み、祈り、御顔を求め、賛美し、礼拝をするのです。もはや「一週間に一度の教会出席」では十分ではありません。私たちは年中無休で24時間、主との関係を必要とします。自分自身の強さで行うのではないことを覚えておく必要があります。「『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』と万軍の主は仰せられる。」(ゼカリヤ4:6)

聖書には、私たちが精神的にも備える必要があると書かれています。「ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。」(Ⅰペテロ1:13)

私たちの人生に神が与えてくださった召しに従って、実践的に備える必要があるのです。BFPにとってそれはイスラエル北部に倉庫を構え、イスラエルの緊急事態に対処するために食料を満たしておくことを意味しています。また、戦争に脅かされるイスラエルで、夫は発電機を買うように主から促されています。今、私たちは飲料水の供給と防空壕があるアパートに住んでいますが、経済的に困難なこの時代に債務を返済し、願望や欲望のままに生きるのではなく、収入に従って生きることを心掛けながらお金を使っています。反面、神が示されるときには、信仰をもって一歩踏み出す勇気を失いません。あなたの人生において神の召しを実現させることに尻込みしないでください。私たちはバランスを保ちながら、主に喜ばれる歩みをしていきましょう。

チームワーク

この時代にあって、互いを必要な存在であると認めることは不可欠なことです。単独で何かをすることはできません。一致には祝福があります(詩133篇)。まず、私たちは決して一人ではないことを覚えなければなりません。チームキャプテンであられる主は、私たちと共におられます。そして私たちは主に信頼します。「主はこう仰せられる。『人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ。そのような者は荒地のむろの木のように、しあわせが訪れても会うことはなく、荒野の溶岩地帯、住む者のない塩地に住む。主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。」(エレミヤ17:5-8)。そして、私たちは恐れる必要はありません。「強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」(申命31:6)

私たちは神が創造してくださったチームにも感謝しています。どんなチームでもゴールを達成するために指揮官の下、一丸となって行動し、自分の役割を果たします。選手がほかの選手を無視して個人プレーするようなサッカーの試合を想像してみてください。たとえ別の選手がシュートを決めるのに良い位置に着いていたとしても、選手たちの関心が自分たちの優れた能力を見せびらかすことに集中しているなら、ゴールを決めることはできません。しかし、もし選手が一緒にプレーし、互いに役割を果たしつつゴールキーパーの声を聴くなら、すごい力を生み出します。この危機的な時代には、そのような協力関係が不可欠です。また、主のすべての指示を聴き、主がチームに置かれたほかの人々と声を合わせて従うことが必要です。チームワークの鍵は、自分自身の願望に目を向けるのではなく、自分の役割を果たすことで。

神への協力

最後までやり遂げることは簡単ではありません。集中力、献身、能力、チームワーク、忍耐を必要とします。BFPは神が私たちに与えてくださった使命を「やり遂げる決断」をしました。皆様はいかがですか。それは簡単なことではありません。しかし主の助けと主の召しが、個々の必要よりも重要であると理解するチームで行うなら、必ずやそれを成し遂げることができます。そうです。イエスは戦争、戦争のうわさ、地震、飢き饉きん、疫病、敵対、憎しみ、偽預言者が起こり、人々の心が冷え切る日が来ると言われました(マタイ24章)。今日の世界で、私たちはこれらすべての現代のしるしを目にしています。これにどう応答すべきでしょうか。今日、神がされていることに忠実に従うこと、そして私たちのために主が備えられたコースを歩み続けることです。「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(Ⅰコリ15:58)

「主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食事をきちんと与えるような忠実な賢いしもべとは、いったいだれでしょうか。主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。まことに、あなたがたに告げます。その主人は彼に自分の全財産を任せるようになります。」(マタイ24:45-47)

主は、私たちと共におられます。そして私たちは主に信頼します。「主はこう仰せられる。『人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ。そのような者は荒地のむろの木のように、しあわせが訪れても会うことはなく、荒野の溶岩地帯、住む者のない塩地に住む。主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。」(エレミヤ17:5-8)。そして、私たちは恐れる必要はありません。「強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならな。あなたの神、主ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」(申命31:6)私たちは神が創造してくださったチームにも感謝しています。どんなチームでもゴールを達成するために指揮官の下、一丸となって行動し、自分の役割を果たします。

(c)Israelimages / Israel Talby

選手がほかの選手を無視して個人プレーするようなサッカーの試合を想像してみてください。たとえ別の選手がシュートを決めるのに良い位置に着いていたとしても、選手たちの関心が自分たちの優れた能力を見せびらかすことに集中しているなら、ゴールを決めることはできません。しかし、もし選手が一緒にプレーし、互いに役割を果たしつつゴールキーパーの声を聴くなら、すごい力を生み出します。この危機的な時代には、そのような協力関係が不可欠です。また、主のすべての指示を聴き、主がチームに置かれたほかの人々と声を合わせて従うことが必要です。チームワークの鍵は、自分自身の願望に目を向けるのではなく、自分の役割を果たすことです。神への協力最後までやり遂げることは簡単ではありません。集中力、献身、能力、チームワーク、忍耐を必要とします。BFPは神が私たちに与えてくださった使命を「やり遂げる決断」をしました。皆様はいかがですか。それは簡単なことではありません。しかし主の助けと主の召しが、個々の必要よりも重要であると理解するチームで行うなら、必ずやそれを成し遂げることができます。そうです。イエスは戦争、戦争のうわさ、地震、飢き饉きん、疫病、敵対、憎しみ、偽預言者が起こり、人々の心が冷え切る日が来ると言われました(マタイ24章)。今日の世界で、私たちはこれらすべての現代のしるしを目にしています。これにどう応答すべきでしょうか。今日、神がされていることに忠実に従うこと、そして私たちのために主が備えられたコースを歩み続けることです。「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(Ⅰコリ15:58)

「主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食事をきちんと与えるような忠実な賢いしもべとは、いったいだれでしょうか。主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。まことに、あなたがたに告げます。その主人は彼に自分の全財産を任せるようになります。」(マタイ24:45-47)

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