ティーチングレター

洗礼の由来

ウィリアム・アダムズ/BFPアメリカ支部 北西地区エリア・コーディネーター/牧師

ヨルダン川での洗礼

キリスト教の中で、教義は、教団・教派によってさまざまな違いがあります。例えば、洗礼もその一つです。

滴礼か? あるいは浸礼か? 幼児洗礼は有効か……? など、歴史的に、今日まで続く論争の的となってきました。

ゴードン・ラスロップは、教会の礼拝の背景にはユダヤ教のシナゴーグ(会堂)があり、クリスチャンの食事作法には、ギリシャ的な影響を受けたユダヤ教があるが、洗礼のルーツについては、もともとはこういうものだったという、確定した見解はない、と述べています。(Lathrop, Gordon. The Origins and Early Meanings of Christian Baptism: AProposal Worship 68:8,P.505)

今回のティーチング・レターは、この「洗礼」、特に、“浸礼”にスポットを当てますが、この歴史的大論争に終止符を打とうとしているのではありません。ましてや、私にそのようなことができるはずもありません。ただ、聖書時代のイスラエルに立ち返ることで、洗礼のもつ定義と意味について、より明確な理解をもっていただくことだけを願っています。

ヨルダン河畔の洗礼場
「ヤルデニット」は
人気の洗礼スポット

浸礼は、バプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)によって始められたものではありません。それよりはるか以前の、イスラエル人の習慣に基づいていました。まずは、新約時代以前について見てみましょう。その次に、バプテスマのヨハネについて考えてみましょう。イエスご自身も、「ヨハネのバプテスマは、どこから来たものですか」(マタイ21:25)と尋ねておられます。最後に、初期のユダヤ人教会(初代教会)で行われていた洗礼の方法を見ることで、この習慣の原型が明らかになってきます。

洗礼の定義

T・J・コナントは次のように簡単に述べています。

「洗礼に関するギリシャ語『バプティゼイン』という言葉は、実際の浸礼の行為について述べているだけで、それ以上の意味は含まれていない。」(Connant, T.J. The Meaning and Use of Baptizen. NewYork: America Bible Union, P.101)

学者たちは、この単語は単純に「浸す」という意味を表し、まさに「全身が水の下に入る」“浸礼”という考えを表しているという見解で一致しています。

W・A・ジャレルは述べています。

「『バプティゾー』という動詞をつくるギリシャ文字は、それが、洪水に飲み込まれる、あるいは船が沈んだ結果、あるいはその他、どのような手段によるものであっても、とにかく水の中、そして水の下に入ってしまうことを指し示している。」(Jarrel, W.A. Baptizo-Dip-Only. Dallas: The Texas Baptist Book House, 1910,P.101)

このギリシャ語の動詞「バプティゾー」が示す、浸礼についての強調点は、浸礼という行為そのものよりも、その結果に置かれています。聖書、あるいは他のギリシャ語の用例を見ると、この動詞は、あらゆる種類の「浸す」という行為に対して用いられています。例えば、美しい染め物の衣類を買おうとする人は、それがどうやって染められたかという方法より、その出来栄えがどうであるかということが重要になります。

洗礼についても同じです。その方法はこうである、いやあれが正しいという論争よりも、受洗者が洗礼を受けた結果、その歩みがみことばに従ったものになっているか、主イエスに浸り切った生活をしているかの方が、はるかに重要な意義をもっているのです。

デイヴィッド・モッカリーは「新約聖書以外の文献では、『バプテスマ』という単語は、洗礼という外面的な行為だけでなく、その内面的な変化と、その行為がもつ力を示している」と述べています。この説明は、洗礼に関する神の御心を適切に表現していると思います。神は常に、外面的な結果に伴う内面的な変化を求めておられます。それはまた、私たちが実際的に主に従順であることを通して、神が内面的な実質さを与えてくださることにつながるのです。

新約時代以前

洗礼は、バプテスマのヨハネが始めたわけではありません。それ以前、何世紀もの間、儀式的なきよめの行為として、ユダヤ人の間で行われてきました。ウィリアム・ランプキンは述べています。「洗礼の前身となる例は、ユダヤ人の宗教行為の中に見いだすことができる。東洋のほかの宗教にも儀式的な沐浴はあるが、ユダヤ教では、この、“水を用いてのきよめ”、あるいは“浸礼”は特別な位置を占めている。」(Lammpkin, William. The History of Immersion, Hashiville: BroadmanPress, 1962, P.5)

古代のイスラエルの沐浴ミクヴェと呼ばれる水槽にはさまざま形態があった

浸礼を用いる最も重要な機会は、恐らく、「(神への)回帰」を表すものでしょう。ランプキンは記しています。

「キリスト教の時代以前、ユダヤ人は、一つの生き方から、もう一つ別の生き方への立ち返りを記念するために、あるいは不敬虔な生き方から、真実な礼拝者となるための意思を明らかにするために、沐浴を用いた。」(Lumpkin,P.5)。自発的に神への立ち返りを願う者たちに、浸礼を施すことが適切であるという理解は、当時、確立していたようです。

G・R・ビーズレイ・マレイは、以下のように説明しています。

「……水による儀式的なきよめは、記録にないほど遠い昔から行われていた。例えその歴史の大部分が忘れ去られても、(現在の教会において)洗礼という形で、力強く生き残っているのである。」(Baesley-Murray, G.R. Baptism in the New Testament. Grand Rapids: Edermans Publishing, 1962 P.1)

現代でも、超正統派と呼ばれる熱心なユダヤ教徒は、安息日や祭りの日の前に、ミクヴェ(ユダヤ教できよめの儀式に使われる水槽)に身体を浸すという古い習慣を守っています。また、トーラー(『モーセ五書』)の巻物を書写する書記たちは、仕事に取り掛かる前に、まず自分の体を水に浸してきよめます。(Kolatch, Alfred. The Jewish Book of Why. NewYork: Jonathan David Publishers, 1985, P.123)

旧約聖書では、レビ記、民数記に、浸礼による儀式的なきよめについて言及がなされています。トーラーを守る大部分のユダヤ人は、今日でもそれを守っています。ドッケリーは次のように指摘しています。

「ユダヤ教におけるきよめの儀式は、主に仕えるために身を清潔にし、神にふさわしい者となる、ということを重点においていた。(レビ記13-17章、民数記19章)」(Dockery, David Baptism in the New Testament, Southwestern Journal of Theology, XLII:2 (Spring2001): 4-16, P.6)

新約聖書でも、マルコ伝7章1-5節ヘブル書9章19-20節において、きよめの水といけにえの血による、儀式的なきよめについて言及しています。しかしそれ以前、水の中に完全に身を浸すという、ユダヤ人が行っていた一般的なきよめの中にも、すでに、“神への個人な立ち返りを証しする”という性質は十分にあったのです。

バプテスマのヨハネの洗礼

イエスがヨハネの
洗礼に身を委ねら
れたとき、聖霊が
ハトのように天から
下ってきた

では、バプテスマのヨハネの洗礼は、どこから来たのでしょうか。イエスも同じ質問をなさいましたから(マタイ21:25)、その答えは非常に重要でした。主は、バプテスマのヨハネの洗礼は、天からのものなのか、それとも人間に由来するものなのか、エルサレムの神殿の庭にいた祭司長、長老たちに質問されました(マタイ21:23-27)。どちらか一方、あるいは両方だと言えるでしょうか。ここでイエスははっきりと正解をおっしゃることはせず、聴衆たちへの宿題とされました。

それよりもさらに大きな問題は、バプテスマのヨハネは何者だったのか? ということだと思います。1948年、イスラエル建国とほぼ同時に、死海のほとりのクムランの地で発見されたのが「死海写本」でした。これらの聖書の巻物や教典は、新約時代に存在していた「クムラン教団」と呼ばれる、当時のユダヤ教の一派によって書き残されました。彼らが、当時「エッセネ派」として知られていた教派の先駆者であったことを示す、強力な証拠があります。バプテスマのヨハネが、荒野にいたこの教団から強い影響を受けていたことは、ほとんど疑う余地がありません。

ビーズレイ・マレイは、洗礼の原型に関する研究の結果として、バプテスマのヨハネについて、深い洞察を提供しています。

「ユダヤ教で長年行われてきた儀式的な沐浴の習慣が、裁きとあがないの預言と結び合わされ、イスラエルの救いを待ち望んでいた人々に、ヨハネによって、洗礼という手段で提示された。その手段は、彼が期待した以上の成功をもたらした。すなわち、その手段に救い主(イエス)ご自身が身をお委ねになったことで、(その道に従う)神の国に属する人々に、権力をお与えになったのである。」(Beasley-Murray,P.44)。

神は、その無限の知恵によって、人間の歴史の中で御業を進められ、神の預言者であり、しもべであるヨハネを通して、洗礼という手段によって、天と地を結び合わせたのです。

結論

エルサレムにおいて、ペンテコステ(七週の祭り)で聖霊が注がれた時、初代教会が一度に3千人に洗礼を授けられたとしたら、どこでしょう? エルサレムの神殿の丘には、たくさんの水槽(ミクヴェ)があり、宮に入る前に身をきよめるため、多くのユダヤ人が利用していました。今日、神殿の丘の周囲に、このミクヴェの跡を見ることができます。イエスに従うことを決意した3千人のユダヤ人の決信者たちは、彼らがいつもしていたように、恐らく、ここに身を浸したのでしょう。そして、イエスを通して、地上にもたらされた神の国へと入っていったのです。

神が、この世界の益となるために、またこの地上に神の国を確立するために、イスラエルを通してお与えになった多くのものは、教会が自らをルーツから切り離してしまったために失われた状態にありました。この洗礼についても、その起源について、理解が部分的に失われていましたが、こうしてそれが現在、再発見されています。

水で身をきよめる
ユダヤ教の伝統は、
今日の教会にも洗礼と
いう形でふさわしく
受け継がれている

古代イスラエルからの伝統の上に打ち立てられた“洗礼”は、神に栄光を帰し、人を造り変える力をもっておられるお方を宣べ伝える手段として、確立されています。〈終〉

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