ティーチングレター

山上の垂訓

文:シェリル・ハウアー(BFP国際副会長)

山上の垂訓において、イエスは神の国にふさわしい生き方を示されました。
マタイの福音書からその生き方を学びつつ、キリストに似た者とされることを共に目指してまいりましょう。

山上の垂訓教会 Photo by Yu Matsuda/bridgesforpeace.com

山上の垂訓は、マタイの福音書に登場する美しく詩的な聖句です。山上の垂訓については、聖書教師やキリスト教の護教論者たちがさまざまな説明をしています。山上の垂訓は「義に関するキリストの考え」「人生の目標」「クリスチャン生活の理想」「キリスト教の憲法」などと呼ばれています。山上の垂訓をキリスト教信仰の土台と考えた彼らは正しかったのですが、残念ながらその多くはイエスが新しい秩序を宣言したと信じていました。この新しい秩序がモーセの律法に取って代わり、「旧約聖書の律法主義の束縛」から解放したと考えたのです。

覚えておくべきことは、イエスの聴衆たちが1世紀のユダヤ人であったこと、彼らが何千年にもわたりユダヤ教の強い影響力の下で生活する共同体の一員だったことです。神の御口を通して書かれたみことば、すなわちトーラー(モーセ五書)と預言書を通して人々は指導を受け、確信を与えられ、励まされてきました。聖書によれば、主のことばを語るため神の御名によって遣わされた人は、トーラーへの愛と敬意があって初めて本物と認められます。山上の垂訓は新しい律法を提示しているのではなく、むしろみことばの正確な解釈です

メッセージを明確にするため、イエスは聴衆になじみのある考えを日常生活から引き出しました。栄華を極めたソロモン、塩、光、盗人、山の上の町といった説明が、イエスのことばに命を吹き込みました。説明の達人だったイエスは、どんなラビも語ったことのない、みことばの深い理解と適用によって聴衆を力付けました。イエスのトーラーへの愛は一つ一つのことばに明確に現れています。イエスの目的は、イスラエルの子らと将来聖書を信じる世代に御国の生活を示すことだったのです。

神の国が来るとは

山上の垂訓を読む時、多くのクリスチャンは、イエスが語っている神の国とは将来やって来る神の国のことであり、今望んではいても、再臨の時に初めて実現するものだと信じています。ここで頻繁に使われている天の御国とは、雲の上にある国と考えられがちです。しかし、当時の人たちには別の意味を持っていました。神の国と天の御国はどちらも同じです。神の国とは統治者である王が存在する所であり、神の民が神に従って生きる場所ならどこにでも神の国が現存するとユダヤ教は教えていました。王がおられ、王の支配が承認されている所が神の国です。ですから、イエスの初臨の後、神の国は既に来ていますが、再臨の時にそれは完成します。

Photo by Jordan Miles/bridgesforpeace.com

 神の国での生活は比類無きものです。すべての人が神を映し出し、神の愛、あわれみ、素晴らしさによって神の臨在が社会の隅々にまで注がれています。御国の生活には単なる文字ではないトーラーの精神が存在しているのです。御国はイスラエルの国境を超えて成長し、国々を包含していきます。マタイの福音書5章でイエスが最初に説教した単純かつ深遠な八つの祝福は、その一つ一つがトーラーに根差していました。

八福の教え

その群衆を見て、イエスは山に登られた。そして腰を下ろされると、みもとに弟子たちが来た。そこでイエスは口を開き、彼らに教え始められた」(マタ5:1〜2)。続いて始まる重要な説教は、それまでに語られた説教の中でも最も重要な説教の一つです。多くの学者は、イエスが山に登った理由は二つあると考えています。一つは、弟子たちとだけ時間を過ごしてトーラーの重要性を説き、「律法の精神」の美しさと必要性をしっかりと根付かせるためです。イエスは、弟子たちの義が、律法学者やパリサイ人の義に勝るものでなければ天の御国に入ることはできないと伝え、他の人にもそのことを教えなさいと言われました。パリサイ派の形式主義に阻まれ、人々は真の御国の生活を経験できていませんでした。イエスのことばが心に刺さったパリサイ人がいた一方で、同じことばが群衆には慰めとなったのです。

また、山に登った群衆と弟子たちは、イエスとトーラーのつながりを心にしっかりと刻むことができました。モーセが山に登ってイスラエルの子らに十戒を授けたように、山に登ったイエスはそれまでにない権威をもってトーラーを教え、聴衆は畏敬(いけい)の念に打たれました。それはイエスが新しい神学を語ったからではなく、イエスが神の御子として分かりやすく権威をもって語られたからです。

山上の垂訓の中でも特に八福の教えは、タナハ(旧約聖書)の伝統を受け継ぐ知恵文学と考えていいでしょう。箴言や詩篇そして幾つかの預言書は当時のセム文学特有の詩的形式で書かれていて、マタイは明らかにその形式を踏襲しています。マタイの用いた対句法、そして心象と詩的なイメージはヘブライ語の詩の典型です。マタイはイエスとトーラー(モーセ五書)の関係を強く結び付けています。

「八福の教え」(the Beatitudes)という言い方は聖書には出てきません。これは祝福、幸せを意味するbeatus(ベアトゥス)というラテン語から取られました。5章の各節は、この単語のギリシャ語に当たるmaka,rioj (マカリオス)で始まります。ただし、原語では動詞はありません。タナハには、「幸いなことよ」で始まる同じ構造の節が数多くあります(箴8:32、イザ32:20、ダニ12:12、詩篇など)。幸いと訳されているヘブライ語のアシュレイには動詞が伴いません。多くの学者はアシュレイを訳すのは難しいと言います。「喜びの中を正しく歩む」という言葉から派生したアシュレイは、祝福と幸福を表す際に使われます。動詞がないことを考慮すれば、八福の教えを「〜の喜ばしさよ」と訳すこともできるでしょう。

このアシュレイを理解する一例として、アブラハムが神の介入により愛する息子イサクを殺す必要がなくなった時に、その心を満たした抑えられない高揚感と解放感、喜びが挙げられます。

幸いなことよ

イエスはガリラヤの山上に弟子たちと座り、心の貧しい者(謙遜な者)について語りながら天の御国について宣言しました(マタ5:3)。「貧しい」と訳されている単語の語根には、無力な物乞いとして身をかがめるという意味があります。心の貧しい人は自分が無力で不十分であり、どうしようもないほど神が必要であることを痛感しています。使徒パウロのように弱い時にこそ強いことを知っているのです。これは山上の垂訓の中心テーマであり、聖書に何度も出てきます(イザ57:15など)。

マタイの福音書5章4節で語られている人物は、大惨事や喪失を悲しみ、自分の罪や国家の罪を嘆いて悲嘆に暮れています。悲しむ人は心貧しく、本当の慰めの唯一の源である神が必要であると知っています。

八福の教えで3番目に取り上げられているのもへりくだりです。柔和な人は地を受け継ぐというのは、詩篇37篇11節の引用です。このヘブライ語の原語アナヴは、へりくだり、謙遜、貧しさを意味します。「モーセという人は、地の上のだれにもまさって柔和であった」(民12:3)という聖句でも同じ単語が使われています。

義に飢え渇く者は…満ち足りる」(マタ5:6)というイエスのことばは、詩篇42篇2節にも出てきます。これに続く四つの喜ばしさ(7〜10節)も、タナハ(旧約聖書)で示された御国の真理を反映しています。「あわれみ深い者は…あわれみを受ける」は詩篇18篇25節に、「心のきよい者」は詩篇24篇4〜5節に、「平和をつくる者」は詩篇34篇14節に、「義のために迫害されている者」は天の御国を受け継ぎ、「いのちと義と誉れ」が約束されていることについては箴言21章21節に書かれています。

御国の生活

イエスは宣教を始められたころ、ご自分がタナハを大切にしていることを事あるごとに明示し、説教で旧約聖書から引用したり、旧約の教えを暗示したりしました。イエスは宣教の中でトーラーを26回、詩篇を11回引用され、タナハからは全部で78回引用しています。申命記13章1〜5節に登場する神の代弁者としての資格をイエスが満たしていたことは間違いありません。

しかし、イエスの本当の目的は御国の生活を生き生きと感動的に描き出すことによって、あがなわれた人々の共同体に聴衆を引き寄せることだったのです。八福の教えの焦点は、与えられる報いにあります。悲しむ者や心の貧しい者、柔和な者といった個別のグループについて語っているのではなく、イエスは天の御国の民となる人々が持つ性質を示されたのです。

八福の教えで描かれているのは、利己的でない愛とへりくだり、そして全人類に対する真の兄弟愛の上に建てられた御国です。八福の教えは、信じる者たちが御国にふさわしく行動するために必要な心の姿勢を説明しています。この教えを通して、イエスはご自身と父なる神が持っておられる性質に倣う者となるよう促しておられます。そうするなら、永遠に祝福されると約束しておられるのです。何と幸いなことでしょう!

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