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| 4/3(日) |
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| イスラエルには特別な訓練を受けた緊急救助のスペシャリストチームZAKA(ザカ)があります。この日、活動を開始したZAKAチームの働きは、主に、行方不明者の捜索と、検体でした。タイやハイチの地震で培った経験をもとに成果を上げました。釜石では、イスラエルとイランの救助チームが鉢合わせとなり、一瞬緊張が走りましたが、手を取り合い人間同士の交流を図る姿を見ることができました。このような大惨事を前に国同士が敵であったとしても協力してそれぞれの任務に当たるのであればなおさら、教会同士が一致して任務に当たる必要があると、彼らの姿勢からも学ぶことができました。 |
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| 4/10 (日) |
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イスラエル医療チームの活動が終了。イスラエルは今回設営した診療所を医療器具や検査器具と共に南三陸町に全て寄贈。日本人医師団へのバトンタッチが行われました。南三陸町の町民の方々から、感謝の気持ちとして、折鶴が一人ひとりに贈られました。
このように、患者として来られる方々は皆、精神的なトラウマが大きく、診療において、デリケートな配慮が必要となっています。その気持ちに寄り添い、イスラエル人医師と患者の間を取り持つためにBFPボランティアが豊かに用いられました。 |
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| 4/12 (火) |
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| BFPボランティア江藤裕美子さんレポートより |
今回私たちBFPボランティアに与えられたミッションは「現場の隙間を埋める」ことでした。毎晩一日の終わりには反省会をし、朝はチームの朝礼後、医療チーム全体の朝礼に加わり、イスラエル国歌のハティクバを歌ってから一日が始まりました。
実際の業務は、日本人医師と看護師さんの指示の下に患者さんがスムーズに診察を受けられるように受付から診察終了まで患者さんに付き添い、待ち時間のお話し相手になったり、避難所引越しの際の布団運びをしたりと、隙間を埋めるべく日々刻々と変わるニーズにこたえるため、努力しました。
そのような中で患者さんの感謝の気持ちをイスラエルのドクターや看護師さんへ伝える機会もありました。最終日に何度もお礼を言いに来られたおばあちゃん、初日に診察を受け、良くなったとお礼を言いに閉会式に来られた男性。「津波以来、こんなに優しくしてもらったのは初めてだった」と語るご家族・・・。
多くの患者さんが何も聞かないのに震災当日の話を自ら話してくださいました。家族が流されてしまった方、家が流されてしまった方、ただ何も言えず、寄り添って祈り心でお話を聞くばかりでした。正直なところ、このご奉仕はメンタルケアの専門家でない私たちには荷が重すぎると主に叫んだこともありましたが、「こういう現場だからイエス様に先に救われているあなたがたが必要なんだよ。」という思いが与えられました。
現場の技術的なことは災害医療に従事されている日本の看護師さんや医師たちが担ってくださり、どのように被災者の方に接すれば良いかも丁寧にアドバイスくださいました。後は私たちの手の業を主にゆだねるだけでした。
また、日本の看護士さんや医師たち、患者さんがイスラエルのドクターの人格に触れ、日増しに「イスラエル」という国と民族に興味を持つのが分かりました。待ち時間にイスラエルのことやBFPの活動のことに話題が及ぶことが多くありました。私たち集められたボランティアメンバーも日々砕かれ、新しくされました。緊急に招集されたメンバーでこのミッションを無事達成できたことは、主の哀れみと皆様の祈りの実と言うほかありません。まさに「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」現場の隙間を主が埋めてくださいました。 |
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